大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語源

えんばと(=折も折)

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私:飛騨方言に副詞句「えんばと(=折も折)」がある。
君:あまり聞き慣れないわ。死語に近いのじゃないかしら。
私:なにもかも死語の一言で片づけられちゃ僕の立つ瀬がない。
君:それはいいから、その怪しげな言葉の語源が分かったのね。
私:実は死語ではない。全国共通方言だ。京都語「えんばんと」にお書きした通りだが、京都語としては人気ナンバーワンの現役の言葉なんだ。
君:あら、そうなのね。じゃあ、飛騨の人たちも「えんばと」を張り切ってお使いにならなくては。
私:そうだね。そして、上述の通りだが、語源は古語たる大和語「ゑんば(トンボ)」の可能性にも言及した。
君:ならば、それでいいじゃないの。
私:素直な実感として、この副詞句の語源がトンボというのは僕も含めて、皆様が相当に違和感をお覚えになるだろう。
君:そりゃそうよ。
私:語源候補になりうるのは、唯一、音韻が同じという点だけだからね。
君:つまりは、文献がなくて、語誌的に解析できないのね。
私:その通り。文献は、歌舞伎・三千世界商往来(やりくりおうらい、1772、ゑんばん)、浄瑠璃・玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと、1806年、ゑんば)、一茶方言雑集(1814?、ゑんば)、新撰大阪詞大全(しんせんおほさかことばたいぜん、江戸後期、ゑんば)など。書くまでもないが敢えて、これらの戯曲の言葉の意味は現代語の方言の意味(=折も折)と同じ。
君:つまりは江戸中期に突然に出現した言葉「ゑんばん(=折も折)」が江戸後期に「ゑんば(=折も折)」になるのね。
私:その通り。「ゑんばん」は日葡辞書にも出てこない。「ゑんばん・ゑんば」が近世語である動かぬ証拠。古代語「ゑんば(=トンボ)」は中世には消滅している。
君:4モーラの語尾が脱落して3モーラになったのね。それでも響きは変わらないわね。
私:待ってました、その言葉。
君:響き?
私:その通り。
君:つまりは音韻から感ぜられる語感ね。
私:それともうひとつ、これこそ最大の重要情報といってもいいか、「ゑんばん・ゑんば」は必ず格助詞「と」が接続して副詞句になるんだ。それが「ゑんばん・ゑんば」の本質そのもの。
君:ほほほ、つまりは近世に忽然として現れたオノマトペという事ね。
私:まあ、そんなところでしょう。各種オノマトペ辞典も先ほどあたってみたが、「え」で始まるものは「延々と」位で、「ばんと・ばと」で終わるものは皆無だった。「んと」で終わるものは、ぽかんと・ぐんと・がくんと・しんと・たんと・かちんと・きちんと・つんと・とんと・でんと・きょとんと・ちょこんと・つくねんと・ぼつねんと・ぴんと・りんと、以上であり、俄然、多くなる。続きのストーリーは君が考えてみるかい。
君:方言の事なんか、どうでもいいわよ。
私:確かにおっしゃる通り。では僕が。さてさて、「ゑんばん・ゑんば」は体言だが、この言葉を全国に広めたのは歌舞伎・浄瑠璃に違いない。体言である以上、連体格の格助詞「な」「の」にも接続が可能だ。ここから「ゑんばな事・ゑんばの時」という表現が生まれて、現に信濃・和歌山の方言集に記載がある。
君:なるほどね。
私:それだけじゃない。飛騨方言では「えんばと」に加えて「ゑんばな事に」を省略して「えんばな」とも言いだした。同じ意味の二つの副詞句が生まれてしまったんだよ。
君:つまりは江戸時代にオノマトペ「ゑんばん」から始まり、戦前戦後辺りの飛騨の伝統方言、しかも副詞句にて原点回帰の「えんばな」になったのでは、と仰りたいのよね。折も折(=えんばんと、京都語)、京都語と同じとは素敵ね。 ほほほ

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