大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 接続助詞
接続助詞とは(2)
私:昨日、少し触れた(ここ)接続助詞について続きを。
君:なにかひとつ考え出すと、考えが止まらないのね。
私:いかにも。人工知能のハルシネーションに近いと言えなくもないね。
君:そんな事はいいから。何を言いたいのか、手短にね。
私:飛騨方言というか、岐阜・愛知の尊敬表現に「みえる(おみえです)」というのがある。単独の動詞として使う方法と接続助詞「て(で)」を使って他の動詞を修飾する方法、この二つがある事に気づいた話。更には接続助詞「て(で)」は並列で幾つでも並べる事が出来るという機能がある。
君:具体例がいいわよ。
私:うん。例えば「先生がみえます(いらっしゃいます)」で独立文として成立するのが前者の例だ。後者の例は「先生が飲んで、食べて、歌って、踊って見えます」。
君:まだ、何を言いたいのかよくわからないわ。
私:後者の例が問題。修飾・被修飾関係を考えてみよう。「見えます」は「飲んで」「食べて」「歌って」「踊って」この四つの動詞全てを修飾する。そしてこの被修飾の動詞群は無くても意味が通る、というところがミソ。
君:なるほど。「踊って見えます」というと複合動詞っぽくて、「見えます」が補助動詞っぽく感じてしまうけれど、そうではない、という事を言いたいのね。
私:そう。「みえる」はその典型だが、他にも「居る」「見る」などの文例にも当てはまるようだ。
君:例えば。
私:動物園で入園者が職員に、「ペンギンは居ますか・はいペンギンは居ます」「ペンギンはエサを食べていますか」「はい食べています」。また職員が入園者に「ペンギンを見ますか・はい見ます」「触ってみますか・はい触ってみます」。
君:なるほど「居る」「見る」も接続助詞があると、途端に独立動詞から補助動詞という事ね。
ほほほ