大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

統語論(構文論)からみた日本の諸方言

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私:言語学の対象は一般的には世界の諸言語。この諸言語を文法という立場から考えるのが統語論(構文論)。今回はこれを日本の方言に当てはめたい。
君:何を訳の分からない事を。
私:いやいや、今回のお話は極めて単純。祝森(いわいのもり)コトバに既に触れたが、日本に数ある方言は全て同じ文法から成り立っている。つまりは言語学でいうところの統語論(構文論)的には、諸方言は全て同一。単なる言い換えだが、統語論(構文論)的な差異は存在しない。
君:確かに、畿内方言を話せない人でも畿内方言は容易に聞いて理解できるわね。
私:つまりは東京方言と畿内方言の差は文法的な差ではなく、語彙の違いなんだ。尤も、語彙と言っても全ての品詞を含む。
君:例えば指定の助動詞「だ・じゃ」についても、共通祖先は「であり」だから、統語論的には同じであり、ちょっとした言い方の違い程度ね。
私:そう。東京語と最もかけ離れた感じの方言と言えば沖縄方言かな。「私は本を読む」、これは、「わんはふんばゆんどー」というのだが、「我は本をば読むのであり」の意味だね。日琉祖語という言葉がある。古代の日本に存在した言語で本土の人々と沖縄の人々が共通言語を話していたのでは、という仮説です。
君:仮説どころか、誰も異を唱える人はいないわね。
私:沖縄はかつて琉球王国と呼ばれ、明・清と朝貢外交をしていた。これをもって沖縄は中国の属国であるという中国共産党の中華思想は明らかに間違い。1609年には薩摩藩による琉球侵攻を受けた後は一貫して日本の領土。何よりも琉球は言語学的に日本です。氷河期ですらケラマギャップは凍結しなかったが、それをものともせず南西諸島から本土へ日琉祖語と共に人が渡ってきた。。
君:つまりは、本土にとって沖縄は母なる島という事なのね。 ほほほ

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