大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 近世

江戸時代の飛騨方言・方言大権現・徳川家康公

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日本史の人物のなかでやはり徳川家康公は別格でしょうね。日本中が戦に明け暮れた戦国時代を総括し、終に日本を統一、そして神様になられました。日光東照宮にまつられています。

それでも神様という言葉に嫌悪感を持たれる方もおみえでしょうが、ほんの少しだけ読み続けてください。さて勿論、実在の人物が神様のはずがありません。彼は一個の人間です。神ではありません。でもたった一度の人生に成し遂げた事はすごいなあ、と言う事で彼こそ民間信仰の王者なのです。だから家康公は人間なのに神様です。

例えば学問の神様・菅原道真、小説の神様の小僧の神様、また平成の世にロックの神様もあれこれいらっしゃいます。皆人間です、神じゃありません。でもやってる事はすごい、俺と全然違う、だから佐七はつい素直に拝み奉りたくなるのです。だから皆様が実は神様。また夫にとって一番有難い神・山の神。

私が徳川家康公を方言の神様・方言大権現と拝み奉るのは、諸国を統一、政治・経済で日本をまとめあげたという事もさることながら、江戸時代の幕藩体制で日本を星の数ほどの方言大国にしてしまった事ですね。家康公の思いはただひとつ、戦に明け暮れる日本をまとめて二度と内戦のない国にしたい、思うにこれしかありませんて。ところが国語については全く逆です、彼はとにかくまとまりつつあった日本語を徹底的に細分して方言大国日本を築いてしまったのです。

そして彼は一代でそれを成し遂げた、すごい。俺にはできない。がしかし天下統一を願った家康公が、はたして方言がお好きだったんすかあ。実はその後日本を無数の方言の国にしてしまった事を若しお知りになる家康公のお気持ちやいかに。でも、話はやっと半分。

さて、彼が江戸幕府を開いたので、またたく間に江戸は東洋を代表するメガロポリスになり江戸弁がうまれた、新言語の誕生です。江戸弁といっても実は彼の出身、尾張三河弁ですわ、ふふふ。国替えですね。大量の三河武士が江戸入り、プレジデント家康公を支えるためにそりゃあはりきりましたわ。俺にはハッキリいってよくわかるその気持ち。

でも物事に初めがあれば必ず終りがある。結局、江戸時代は終わります。時は明治になりました。それでも明治政府は江戸弁・つまり三河弁を国語と定めて方言を学校教育で禁止、方言大権現・徳川家康公の遺志・つまり日本を統一したいという事、を国語面において継いだのです。

つまりはすべては家康公の遺志、日本を一つにしたい、という方向に進んだのです。だからどう考えてみても家康公は権現様ですって。政治家であった事もさることながら実は未来学者徳川家康公・そして方言大権現、えらいおかたや。
おまけ
学生時代ですが、瀬戸内海にフィールドワークに行った事があるのです。愛媛大学の先生と知り合いになりました。彼が、時間がある、東照宮にご案内しましょうと。えっ!東照宮って栃木県でしょ。ハハハッあれは東ですよ、西もすごいですよ、という事で実は全国に東照宮があるようです。飛騨にも勿論、東照宮・高山市西之一色町3丁目1004番地があります。

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