大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 近世
(幻の)江戸時代の飛騨方言こんだけ・そんだけ
飛騨方言では、これだけ・それだけ、が撥音便になって、こんだけ・そんだけ、と言うのですが、別稿・こんだけそんだけ談義、飛騨方言における指示代名詞の撥音便などをご参考までに。
ところで筆者は最近、古語辞典の巻末にあります重要助詞一覧表をやぶにらみして現代に生きる飛騨方言助詞との共通項探しを暇に任せておこなっていますが、奈良・平安時代に成立した助詞はほぼ全滅、やはり鎌倉・室町ころに成立した助詞が飛騨方言の核になっているようです。
ところが、副助詞・だけ、の歴史が他の助詞に比べて浅いのには驚かされます。この歴史の浅さは他の副助詞に比べても別格ですね。なんと江戸時代、筆者の感覚ではついこのあいだ、という所です。以下は金田一春彦編集・新明解古語辞典の抜粋ですが、
だけ(丈) 副助詞。たけ、の転。限度を表す語。限り(三馬、傾城買談客物語)。だいたいの程度。~くらい(続膝栗毛19)。身分の応ずる意。~だけあって(近松・重井筒・中)。等々
金田一先生有難うございます。どう考えてみても江戸時代からの言葉なのですね。それでも厳しい幕藩体制の下、人々は諸国の往来がままなりませんでした。つまりは江戸の言葉がすんなりと飛騨に入ってきたとは筆者には想像できないのです。若しや、飛騨人が、こんだけ・そんだけ、と言い出したのは明治時代からだったのでしょうか。
ありえない?
単なる想像ですが、江戸時代に飛騨では副助詞・だけ、をまだ使っていなかったとすれば、副詞・ばかり、を使っていたのでしょうか。こんだけ考えても素人佐七には、こればかりは不明です。トホホ。(しゃみしゃっきり)