大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語源

ざい(在)

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私:何が何でも難しい事を書かなくっちゃ、と思い詰める必要もないし、他人の評価を気にする必要もない。今日のお話は少々パンチには欠ける事をあらかじめ断っておこう。
君:ほほほ、気がひけるというのは、「ざい(在)」は飛騨方言というよりはむしろ共通語かな、という意味でしょ。
私:そうだ。よくわかってくださって君には感謝している。
君:飛騨方言では田舎の事を「ざい在」と言うのよね。里に近い意味合いよね。飛騨は町・在・山の人々の暮らし。しかもここは語源コーナーなのね。ほほほ
私:語源なんて大げさな話じゃないよね。在郷が語源である事は書かずもがな。「在所」なんて単語もある。飛騨方言では在郷が訛って「ざいご」ともいう。更には飛騨方言では田舎者の事を「ざいごさ」と言うが、これは「在郷さん」か「在郷様」が訛った言葉なのだろうね。それと、たった今、知った事だが国語辞典には「ざいきょう」と読ませて「田舎に居る事」の意味があるね。以上かな。
君:ほほほ、そんな事で思考を停止しちゃだめよ。古語辞典を引く事よ。
私:えーっと、どれどれ。「ざい在」があるね。「ざいがう在郷」も確かにある。おやっ、「ざいごう」じゃないんだね。
君:ほほほ、どうも気づいていないようね。
私:「ごう」かと思ったら「がう」だったと気づいたけど。
君:つまりはどういう事?
私:うーん、・・わかったぞ。国訓だ。つまりは漢字にその意味を表す和語を充てた読み方(例:「水(スイ)」を「みず」)、または漢字本来の意味と一致しない日本独自の読み方(例:アユの表記に本来はナマズを意味する「鮎」)。「がう郷」に関しては要は日本史・律令制だね。奈良時代から平安にかけての律令制の時代における行政区画の最小単位「がう」、これに「きょう郷」を充てたというわけだ。「郷」より更に小さい五十戸の極小単位が「り里」というわけだし、「がう郷」も「り里」も古文の重要単語といってもいいね。中世以降は集落を村と呼ぶ。それよりも何よりも、俺って大学入試は日本史だったなあ。結構、度忘れしているね。当時だけど、教科書は完全暗記し、古文書資料の教材なんかも結構、覚えていたのにね。国語の理解には日本史の素養は必須。
君:若しかして、まさか「郷里」の語源もお気づきじゃないのね。ほほほ、古語辞典に重要じゃない単語なんてひとつもないわよ。ほらほら、ますます古語辞典が大好きになってきたでしょ。ほほほ
私:郷里か。なるほどね。君に思い知らされたね。ところで僕の生まれ育った岐阜県高山市久々野町大字大西、五十戸にも満たない寒村だが、明治時代までは(アダノ)阿太野郷と呼ばれていた事を、たった今、思い出したよ。江戸時代は高根村、朝日村から久々野村まで、つまりは益田川(ました-)水系の村々は益田郡阿多野郷だったんだ。江戸時代にも大野郡(郷)はあったが、じつは白川から宮村まで、つまりは裏日本側。何故か知らないが高根・朝日・久々野は明治の途中で大野郡に編入されたというわけだ。
君:ほほほ、という事は貴方が子供心に不思議に思っていた事がひとつあるのよね。
私:えっ、僕が子供心に不思議に思っていた事???
君:ほら、夏には水遊びをしたでしょ。
私:水遊び??あっ、そうか。益田川だ。下流では飛騨川と呼び、木曽川最大の支流。益田郡萩原町上呂村を益田川が流れているのは理解できる。どうして大野郡の大西村を流れている川なのに、流域としては益田郡というよりは大野郡なのに、水源も大野郡高根なのに、大野川じゃなくて益田川なのだろう、と不思議に感じていた。いやあ、君も鋭いね。
君:あなたは単純人間、読心術の好材料なのよ。ところで、かつての旧高山市だって郷と里、つまりは律令制の観点からは「ざい」なのよね。とは言っても飛騨の近世は町と村だけど。町の方々が村の人達を「ざいごさ」とお呼びになるのは日本史をご存じないからだわ。
私:そういう事になるな。
君:だから田舎者である事を卑下する必要なんてないのよ。
私:確かにその通りだ。ただし、今、思い出しても、えい、いまいましい斐太高校時代の記憶がある。
君:ほほほ、旧高山市の中学出身の旧友から田舎者呼ばわりされたのね。
私:ああ、そうだ。全国模試でひとり数学が満点、まさかの日本一、悪友に「ざいごさ君もやるね」と言われたのさ。卒業するまで俺のあだ名が「ざいごさ君」だったな。
君:ほほほ、その悪友さんとやらも、そんな五十年も昔の古い事は覚えていらっしゃらないわよ。同窓会でもお会いになるのでしょ。お許しなさいね。
私:ははは、本人は忘れていた。いや、それどころか「この俺が親友のお前に向かってそんなひどい事をいうわけがない」と真顔で弁明する始末だった。やれやれ
君:言った本人は忘れちゃうけど、言われた当人は一生、忘れないのよね。
私:裏の学級、言葉のイジメってやつだよね。お互いに言葉遣いは気をつけなくちゃね。
君:ところで平成の大合併で大野郡久々野町から高山市久々野町になったのよね。
私:何を畏(かしこ)まって言うんだい。そんな事、飛騨の人間なら誰でも知っている事じゃないか。
君:だからね、私だけはあなたの事を「シティーボーイ君」と呼ばせていただくわ。
私:ガーン、ブィだな。「シティーボーイ」か。ショッキングすぎるわぁ。いやあ、ありがとう。郷里は今も昔も変わらないけれど、俺ってもう「ざいごさ君」じゃないんだ。今日も君に勇気づけられるね。
君:ほほほ、あなたが子供の時に川遊びをした大野郡を流れる益田川の名前の秘密も解けたし、今日も結構な収穫だったわね。
旧岐阜県大野郡久々野町立大西小学校 (廃校) 校歌

流れ ゆたけき ました益田川♪
ます真澄める 水に みそぎ禊して♪
みなかみ水上遠く そびえたる♪
おお乗鞍を 仰ぎつつ♪

心をみがき 身を鍛え♪
学びの道を 修むべく♪
友呼び交わし うちつれて♪
たゆまず通う 我が校舎♪

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