| 大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
| 行きしな(〜しだ〜さだ〜しなの千年の歴史) |
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| 古語辞典のおさらいになりますが、しだ・しな・さだ、の三つの言葉があります。これは、行きしな(行っている時)、の語源の言葉です。 ★しだ・・上代語。(帰りしななどの古語)とき。(万葉集) ★さだ(名)・・(しだの転)時、機会(万葉集)。 ★しな(接尾)(動詞の連用形に付いて)・・の折、・・のついで、・・しがけなどの意を表す。(浄・源平布引滝1749)。 寝しなに電話が鳴った、といえば、寝ようとしたちょうどその時に電話が鳴った、という意味で、方言でもなんでもなく、現代語の標準語とも言えますが、若い世代ではあまり使用される事が無く、従って、そのような表現を方言ととらえる傾向があるようです。方言紹介サイトを渉猟してみますと、おらが町の方言、として紹介する記事があったり、関西では通じる表現なれど関東では通じない、と発信するサイトもありましたが、真偽のほどは如何ほどでしょう。このような現象を「誤れる回帰 false regression 」というのでしたっけね。一種の「過剰修正」ともいえましょうか。この逆の現象が、「気づかない方言」です。方言学に興味が無いと、てっきり標準語だと思い込んでいて一生涯、気づきようにも気づけない言葉遣いの事を示し、岐阜や名古屋の方言で、おぼわる(覚えられる)・見える(お見えになる)、などが代表的な「気づかない方言」です。 さて、京言葉の紹介記事に、・・行きしに先生におうた(行こうとしていたら先生にお会いした)・・というのがありましたが、これは立派な京言葉というべきでしょうね。さすがに飛騨方言では「な」のモーラが脱落する事はありません。先ほど来、思いつくがままに各種の動詞連用形+「しに」をつぶやいて内省実験してみましたが、飛騨方言のセンスにあうものはありませんでした。 さて、千年の歴史とは・・・「しだ」の転が「さだ」なれど、近世に残ったのは「しだ」の音韻変化による「しな」という事のようです。上代には「しだ」を少し嫌って「さだ」が発明されて、「しだ・さだ」の併用の時代があったのでしょうが、それでも、しぶとくも「しだ」だけが残り、やがて悲しき一時期の流行語の「さだ」は消滅し、「しだ」がしぶとく生き残るものの、あらら、なんと変身して「しな」に生まれ変わったたものの、最近では連用形接続の「しな」は若者に嫌われて連体形接続の「とき」が専ら使われるようになった・・・という事。和語(=日本の歴史とともにある古代からの日本語)千年の歴史の一端が窺え(うかがえ)ます。 |
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