大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語源

おちょだま(お手玉)

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私:お手玉の事を飛騨方言では「おちょだま」というんだよ。
君:ここは語源のコーナーだけれど、まるで記事になっていないわね。
私:確かにそう言えなくもない。だが然し、先ほどは小さな気づきがあった。やはり書きとどめておかねば。
君:いいから、結論を先に手短にお願いね。
私:手玉が音韻変化して「ちょだま」になった事に異論はないが、その時期が問題だ。おそらく昭和三十一年の少し前、つまりは飛騨方言「おちょだま」は現代語じゃないかな。少なくとも近世語でも近代語でもない。
君:どうしてそんな事が言えるのかしら。
私:まずは古語辞典の知識から。「てだま手玉・手珠」は古今六帖にある。・・・あしだまもてたまもゆらにおるはたは 君が衣にたたむとぞおもふ・・足珠と手珠の装飾をほどこして織るこの衣は貴方様がお召しになるのでしょうね・・・つまり、「てたま」は古代語で和語だ。蛇足ながら、「てたま」は男子のファッション、この歌は女性が男性に捧げたもの。古代の服装のネット情報は多い。

君:これが遊具の「おてだま」の語源なのね。
私:その通り。江戸語においても「てだま」の記載のみ。自由自在に人などを操る事を「手玉にとる」というが、現代語に生きている。
君:「おてだまにとる」とは言わないわね。
私:その通り。問題はいつから接頭語「お御」が付くようになったかという事だが、明治の国語辞書「言海」に「てだま」の記載はあるが、「おてだま」の記載は無い。「おてだま」の記載が出てくるのは昭和三十一年の大言海だ。手玉を丁寧に言ふ、少女の語・・・との注釈がある。
君:大言海には「てだま」の記載があるのね。
私:勿論ある。ビッシリと書かれている。つまりは、昭和三十一年発行の大言海の記載は、「お手玉とは手玉の事です・詳しくは手玉を見てね」という事なんだよ。
君:あら、そうだったのね。それじゃあ、「おてだま」はまぎれもない現代語だわ。明治にはなかった言葉だったのよね。
私:まさにその通り。戦後あたりに東京語「おてだま」が生まれて、これが飛騨に伝搬してたちまちに「おちょだま」に音韻変化したものと考えられる。まさに事実は小説よりも奇なり、だ。方言の神様にご対面できた瞬間です。
君:なにか、理論のようなものもありそうね。
私:あるなんてもんじゃない。柳田國男が提唱した「方言量」の概念だ。方言量なども参考までに。子供の遊びは方言量が多い事で知られる。方言学のイロハというわけだ。蛇足ながら、この世の中に平凡な言葉というものは存在しない。
君:つまりは昭和の飛騨の子供達が「おちょだま」という言葉を創り出したという意味ね。 ほほほ

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