大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

かわいい(可哀想)

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本日のお話のきっかけはつい先程、ある人とお話をしていて、その方が「Aさんの件に関しては本当にかわいそくなってしまいます。」と一言、おっしゃられた事でした。会話の流れからは「かわいそうに」の意味である事は明らかで「本当にお気の毒と言うしかありません。」とでもおっしゃれば良かったのでしょう。それにしても「かわいそく」って全国のどこかの方言か、あるいは若者の言葉の乱れという事なのでしょうか。

その方とお別れしてから早速に「かわいそく」という若者言葉があるのかと思ってネット検索したら、やはり数件でしたがヒットしました。「かわいい」ならば「かわいく」という連用形になりますし、「かわいそうだ」なら「かわいそうに」という連用形で話せばいいものを、意味は「かわいそうだ」を用いて、その活用は形容詞のク活用になるから私は奇異に感ずるのです。

ネット情報によりますと、シロと歩けば(1)著者: 内田かずひろ、他になでし子物語 著者: 伊吹有喜、 関美穂子 の文章で、
かわいそう?と立海が続けた。「かわいそくない。全然かわいそくない。・・」
また別のネット情報ですが、傑作だったのが、コミック本のデータで「かわいそ〜〜〜」の楯書きになっているのがグーグル翻訳で「かわいそくくく」に変換されて、これがヒットした情報が幾つもあった事でした。

本題ですが、飛騨方言で「かわいい」と言えば「かわいそうだ」という意味で使用する事が多く、小学館・標準語引き日本方言辞典では「ふびん不憫」の項目に「かあいらしー・佐渡、滋賀県愛知郡」「かーわいー・岐阜県郡上郡」「かわい・富山県下新川郡」「かわいい・岐阜県郡上郡と飛騨、岡山県」「かわいらしい・佐渡」の記載がありますから、「かわいそうだ」の意味で「かわいい・かわいらしい」という地方が少なからずある事が伺い知れます。

古文のおさらいですが重要単語「かはゆし」(形ク)の意味のひとつに「かわいそうでみていられない、ふびんだ」というのがあります。更には「かはゆし」の元の言葉は「かほはゆし顔映」です。「かほ顔」の説明は不要でしょうが、「はゆし映」(形ク)の意味は、まぶしい、これが転じて、きまりが悪い、おもはゆい、というネガティブな意味の形容詞になり、つまりは「かはゆし」と言えば、正視できないほどに可哀そうに感ずる、という意味になってしまったのでした。

まとめですが、飛騨では「かわいい」は可哀そう・可愛いの二つの意味があり、「かわいそう」「かわいらしい」は共に共通語と同じく、それぞれ「可哀そう・可愛い」の意味という事になります。

共通語では「白い・白そうだ」「重い・重そうだ」等、意味はほとんど同じですが、「可愛い・可哀そうだ」は全く別の意味になってしまう事に興味が湧いてしまいました。

「かはゆし(可哀そうだ)」の出典は雑談集(鎌倉時代の仏教説話集)、徒然草、延慶本平家、等ですから鎌倉辺りからの言葉で現代の飛騨方言になったのでしょう。日葡辞書にも可哀そうだの意味で Cauaigari,u, atta かはいがり、る、った、の記載と Cauaij かはいい(同情・憐憫)の記載があります。

ここで、俄然、面白くなるのが「かはゆらし」(形シク)です。出典は西鶴等で明治中期の国語辞典「言海」にも「かはゆらし」です。これが現代の「かわいらしい」へと進化します。つまりは形容詞活用の歴史ですが、「かはゆらし」に関しては江戸時代に成立、現代に至るという事なのでしょうね。シク活用の歴史変遷と言っても一言では書ききれませんが。
《まとめ》 中央ではぶれる事はなはだしいが、飛騨は一切、ぶれていない。
というか、中央語は形ク・形シク・形動で明瞭に意味を区別するが、飛騨方言はファジー。
      平安      日葡    江戸             現代
中央・飛騨 かはゆし愛・哀 かはいい哀 かはゆらし愛(形シク) かわいらしい愛−−(形シク)
中央・飛騨 かはゆし愛・哀 かはいい哀 −−−−−−−−−− かわいそうだ哀−−(形動)
中央    かはゆし愛・哀 かはいい哀 −−−−−−−−−− かわいい  愛−−(形ク)
飛騨    かはゆし愛・哀 −−−−−−−−−−−−−−−− かわいい  愛・哀(形ク)

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