大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学
なぜ日本語は『結論を最後にする』のか?(4)
私:なぜ日本語は『結論を最後にする』のか?これの第四段と行こう。くどいと言われても仕方ない。
君:方言学そっちのけで構文論にのめり込んでいるのね。
私:早い話がそういう事。ただし、当サイトは食らいつく人を決して落胆させません。感動の世界にお導きする事を約束します。
君:大きく出たわね。いいから結論を一言でお願いね。
私:実は副題を考えていた。ケチュア語、フィンランド語、日本語、三者の不思議な関係
A strange relationship among Quechua, Finnish and Japanese
君:ケチュア語なんて知らないわよ。
私:実は僕も。アンデス地方で話されるケチュア語だが、更には地域や方言によって様々な綴り方や発音が存在するらしい。フィンランド語は最小語条件が2モーラらしいという事を書いた事がある。聞きかじりの話だか、浅すぎると言えばそれまで。
君:今日も浅さが見えてきたわよ。三言語とも『結論を最後にする』、つまりSOV型と言いたいんでしょ。
私:半分あっているね。という事は不正解。
君:失礼ね。
私:世界の諸言語で、この三つだけがSOV/OSV形式が構文的に許される言語なんだ。飛騨方言的には、おりゃわりを愛しとる/わりをおりゃ愛しとる。ぶっ
君:あら、ありがとう。
私:にしきのあきら、思い出すね。
君:ほほほ、更に思い詰めてしまうと、SもOも、共に省略しちゃうのね。これじゃ、『結論を最初に言う』じゃないの。英語なら命令形ね。ほほほ
私:おっ、いい調子だ。そうこなくちゃ。このサイトは楽しく学ぶエンタメ系だからね。
君:バカ(V)。
ほほほ