大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学
なぜ日本語は『結論を最後にする』のか?(2)
私:なぜ日本語は『結論を最後にする』のか?これの第二段と行こう。
君:一回のお話ではもったいないという意味ね。
私:古代日本語として残っているのは古事記が有名だが、日本書紀、万葉集、風土記、木簡、金石文、正倉院文書なども見逃せない。全てSOV。現代語もSOVなので、日本語は生まれたときからSOVだったと考えたくなるでしょ。
君:そりゃそうね。
私:となると大和語の母語なる日琉祖語も既にSOVだったのでは。ただし日琉祖語は仮想言語なので証明のしようがない。
君:しょうがないわね。おバンギャグ。
私:実は日琉祖語にも母語があった。peninsular Japonic でえす。
君:・・あら、ネット検索したらこれも単なる仮説。迫力無いわね。仮説に次ぐ仮説、全く迫力が無いわね。
私:北方から、南方から、沢山の人が日本にやってきた。それでも大半が朝鮮半島からだった、なんて考えなくても当たり前でしょ。
君:決めつけはよくないわ。
私:がはは。僕の完全勝利。
君:えっ
私:遺伝学でえす。日本人の遺伝子が半島の人々の遺伝子に一番に近い事が証明されている。韓国人と日本人は血を分けた兄弟でえす。遺伝学的にはね。
君:なるほど。ならば peninsular Japonic の仮説も荒唐無稽とは言えないわね。
私:それどころか大ありの仮説だ。peninsular Japonic が既にSOVだったのでは、これは佐七の単なる仮説、って古代語ファンタジー。
君:創造するのは自由よ。広開土王碑文(古代朝鮮の国家である高句麗の第19代国王、広開土王の業績を称えるために建てられた巨大な石碑)は漢文(中国語)で書かれているけれど、当時の東アジアにおける国際的な共通語・表記方法であった漢文が採用された、という事だったのね。
ほほほ