大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学
屋号における名頭(ながしら)
私:僕のペンネームは大西佐七だが、「佐七」は我が家の屋号だ。屋号の大半は江戸時代の男性の名前という特徴があり、全国共通。
君:何を当たり前の事を。検地帳や宗門帳に村の家々の数を記載しないといけない事から、苗字を名乗る事が許されなかった庶民は屋号で記載されたのね。
私:その通り。そして屋号の基本中の基本という事で、今日は名頭(ながしら)についてお話したい。
君:専門用語ね。
私:そうだ。ところで大西村の屋号には、「つとむ勉」とか、「まもる守」とか、漢字一文字の屋号は無い。何故だと思う。
君:江戸時代の名前となると、勉や守はあり得ないわね。
私:その通り。江戸時代の屋号は全て漢字二文字以上の表記、そしてその屋号は前半の市部分と後半の部分の、つまり二つの部分からなる。前半の部分を「名頭(ながしら)」という。
君:つまり、あなたの家の屋号「佐七」では「佐」ね。「七」はなんというのかしら。
私:「七」は「お尻」という。つまり、苗字は「名頭を示す漢字」+「尻を示す漢字」に分解される。勉や守が屋号になりえないのは「お尻」がないから。
君:なるほど。例えば「勉作」とか「守助」ならば屋号になるという意味ね。
私:その通り。そして、これが肝、実は「名頭」も「尻」も、江戸時代の庶民は自由につけていた。漢字のパターンもあって、「名頭」ならば、仁・重・など、優れている意味の漢字が選ばれた。「尻」には、平・吉・助・作、等々、明らかに人名とわかる漢字が選ばれた。
君:でも、例えば「さくえもん」というのがあるわよ。
私:おそらくそれは「佐久衛門」が元々の漢字表記じゃないかな。つまり「佐久」は縁起のいい漢字の名頭で、「衛門」が人名を表すお尻。後世に、作衛門になっている可能性はあるが。
君:「佐七」はどうなの。七郎なんて、いかにも屋号らしいじゃないの。
私:その通り。お尻に「郎」があれば、名頭はどんな漢字でもいいという文法則が成り立っているんだよ。お尻は必ず人を想起させる漢字でなくてはならない。例えば村田という感じは武士が名乗る事の出来る苗字なので、庶民の名乗る事の出来る屋号としてはアウト。ところで、大西村には「わただ」という屋号がある。
君:和多田では武士が名乗る事のできる苗字になっちゃうわね。
私:おそらく大西村の屋号「わただ」の元々の屋号は「わ@た」、つまりは「わ@太」だったと思う。いつのまにかお尻が濁音化したのだろうね。
君:候補としては「わらた藁太」ね。
ほほほ