大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語彙
ゆうさり・よさり
私:方言語彙で夕方の事を「ゆうさり」、夜の事を「よさり」といって全国各地の方言になっている。古語の「ゆふさり」「よさり」に由来している事は書かずもがな。動ラ四さる「去」は多義語動詞だが、意味の一つが「その時になる」という意味。時間や季節を表す語に付いて用い、未然形もしくは已然形が接続助詞「ば」を伴ったり、連用形「さり」にご丁寧に更に「く来」「行く」などが付く形が普通。和歌の世界といってもいいが、「あさされば(朝になると)、万葉3627安佐散礼婆 伊毛我手尓麻久 ・・」「ゆふされば(夕方になると)、万葉121暮去者塩満来奈武住吉乃浅鹿乃浦尒玉藻苅手名」「はるされば(春になると)」「あきされば(秋になると)、万葉4310安吉佐礼婆 奇里多知和多流 安麻能河波 伊之奈弥於可<婆> 都藝弖見牟可母」とか。
君:今日の話題は「夕方・夜」これの違いね。
私:簡単に結論から行こう。「夕方」の意味の民族語彙はざっと150ほど。そして「夜」のそれはぐぐっと減って20ほどかな。数の差、つまりは方言量の差は明らかだね。理由は何だろうか。これからわかる事は、明治あたりまでの全国の生活は暗くなったら寝るだけの事、江戸時代には油屋という商売が生まれ、江戸の庶民は夜の生活も楽しんだのかもしれないが、地方には無縁の事。夜はただ寝るだけだ、従って、一日の締めくくりたる夕方辺りの事は生活も活発で、あれこれ表現が多かったという事なんだろうね。
君:そんなの当たり前の議論じゃない。
私:そうだね。「ゆうさり・よさり」これは全国各地で「夕方」の意味でも「夜・真夜中」の意味でも用いられる事が多い。この意味は何だろう?
君:油・たいまつがあれば言葉を区別する意味もあるのでしょうけれど、古代からの人々は夜になれば寝るだけ、そもそもが夜の語彙は要らないわね。夜に働くのは現代人だけね。
ほほほ