大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語法・各論
がでがある
私:飛騨方言「がでがある」は量の多い事の例え。
君:用例は?
私:皿に大盛りの漬物を見て「今日の漬物はガデがある」。なかなか減らない徳利の内容に対して「この徳利の酒はガデがある」。
君:名は体を表す徳利ね。
私:いや、徳利の語源は擬音語「とくりとくり」だ。徳利は当て字。脱線した。「ガデがある」の品詞分解は中学生でもできる。一般名詞「がで(分量)」+格助詞「が」+自ラ変「あり」。ただし、飛騨俚言「がで」は「がでがある・ない」以外の用例が思いつかない。勿論、質より量という意味で「要するにスーパーのお買い物はガデの問題やな」などという用例が無いわけではない。
君:なんだか話が平凡ね。
私:そのようにお思いになるのも無理はない。実は二十年近くも昔の事だが、「がでがある」の語源は、はて何だろうと一年近くも考えていた事がある。
君:ある日、突然に気づいたのね。
私:その通り。その時までは一般名詞「がで(分量)」について、あちらこちらの資料を漁っていたのが、これがそもそも間違いだった。
君:いいから、結論をお願いね。
私:「がでがある」の語源は「出がある」です。つまりは「がで」とは「使ひ出」の事。瞬時に気づいたが、これに気づくのに一年もかかった。つくづく思う事は、佐七には国語の力が無い。やれやれ
君:ほほほ、折角だから昨晩にお調べになった事を書き足してね。
私:はい、では国語の勉強。名詞「で出」は動ダ下ニ「いづ出」連用形の名詞化である事は書くまでもない。「いづ出」は記歌謡16に出てくる堂々たる和語動詞だ。ところが名詞「で出」が文献に出てくるのは江戸文学、つまり近世語。そして名詞「で出」はたちまちに多義語化する。「井戸の出が良し」といえば井戸水が豊富という事。「飛騨の出」と言えば飛騨の出身という事。多義語の一拍品詞の宿命としては意味の取り違え、これが嫌われ、いくら使っても使いきれない事を「使ひ出」と言うようになった。但し「使ひ出」は角川古語大辞典全五巻にも記載なし。
君:という事は「使ひ出」は近代語ね。
私:そう。言海にすら記載なし。大言海に記載がある。つまり昭和辺りの言葉の可能性すらある。東京界隈では大正・昭和あたりに「使い出がある」といっていたのに、飛騨ではたちまちに「がでがある」と言い出したのでは、と推察可能だね。
君:なるほど。一定の説得力はあるけれど、証拠が無いわね。
私:方言は書き言葉ではない。話し言葉です。brief candle なる「がでがある」よ哀れ。最近はあまり使わないんじゃないかな。
君:この方言サイトをひたすら「がでがある」ようにしたい佐七君。あなたの気持ちを一言で表すと、故郷に対するノスタルジアね。
ほほほ