大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム
いかばる(溢水する)2
私:飛騨方言動詞・自ラ五いかばる(溢水する)のお話の続きをしよう。
君:聞き慣れない動詞よね。死語に近いのじゃないかしら。
私:当サイトは伝統方言の歴史的考察、つまりは日本語の歴史という事に力点を置いているので、その点はご理解のほどお願いしたい。
君:前置きはいいから、今夜の話題の核心、つまりは結論を先にお願いね。
私:そりぁあもう、語源という事ですよ。
君:「う」から「い」への音韻変化がいつ頃生じたのか、という疑問に対する推察ね。
私:まずは和語動詞から行こう。万葉集の世界。「うく・うかぶ」共に記載が有る。「うく」に接尾語「ぶ」が付いたものが「うかぶ」、この変化は既に万葉集の時代にあった。同時代に「うかぶ」は自動詞としては四段の活用、他動詞としては下二段にて自他同音の動詞だった。そして時は流れて中世というか、平安あたりに音韻変化があらわれた。「うかむ」、意味も活用もすべて「うかぶ」と同じ。つまり「うかむ」も四段活用は自動詞、下二段は他動詞。蛇足ながら「うかぶ・うかむ」は平安文学ではたちまちに多義語化する。
君:古代はカ行動詞とバ行動詞、更に中世にマ行動詞が加わったのね。
私:その通り。実は万葉の時代に自ラ下二「うかる浮」もあったが。話が混乱するのでやめておこう。
君:「うかる浮」は自然に浮くという意味よね。
私:「うく浮」に接尾語「る」をつけた形だ。万葉の人々は余程、これ等の動詞が好きだったんだね。
君:そうね。
私:万葉840波流楊那宜 可豆良尓乎利志 烏梅能波奈 多礼可有可倍志 佐加豆岐能倍尓[壹岐目村氏彼方 が引き合いに出されるが、「多礼可有可倍志」これって「たれかうかべし」としか読めないね。ただし、これは現代語「うかべる」ではなく他下ニ「うかぶ」連用形+完了過去「き」連体形という事かな。
君:そんなのいいから、結論をお願いね。
私:どうも「うかべる」は近世語であり、中古語じゃない。日葡辞書に vcaburu が出てくる。J.C.ヘボンによって編纂された日本初の和英辞典・和英語林修正初版(慶応3、1867 年に上海で出版)に 「ナミダヲ ukaberu 」が出てくる。大槻文彦・言海には「うかべる、うかぶの訛り」の一文がある。要は佐七が一言で言いたい日本語の歴史、つまりは古代から江戸時代までは「うかぶ」、明治から現代が「うかべる」。「うかべる」は明治の初等国語教育、といったところかな。若し間違っていたらごめんなさい。
君:なるほど、飛騨方言「いかばる」は近世語ならぬ近代語というわけね。
私:うん。それだけじゃないんだ、日本方言大辞典の見出しは「いかまる」。意味は飛騨方言に同じ。川の水があふれる、低地や水田に水や泥がたまる。もっとも、音韻「いかまる」は神奈川県藤沢市のみ。「いがまる」は青森県津軽。飛騨は「いかばる、うかばる」。
君:飛騨の言葉の歴史が見えてきたわね。
私:そう。古代から近世まで「うかぶ」、近代語で「うかばる」を経て「いかばる」という事です。これも大事な結論だが、飛騨では中古語においてマ行動詞への変化が生じなかったという事。
君:そして平成・令和で死語というわけね。
ほほほ