大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

「やお」がギア方言にならない理由

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私:ギア方言とは都竹通年雄による東海東山方言の下位分類という概念だから、岐阜県の方言全体と愛知県の方言全体について共通性が高い事を示しているのだけれど、「やお」に関しては、美濃・飛騨つまりは岐阜県全体で話される方言であるのに対して、名古屋市では決して「やお」は話されないようだね。つまりは「やお」表現に関してはギア方言の概念が成立しない。あるいは、「やお」はギア方言の中での異分子である、と言いかえる事が出来るだろう。
君:まずは全国の皆様に判り易くご説明なさったほうがいいわよ。
私:そうだね。「やお」という文末詞は、共通語では「です」という意味、つまりは指定の表現で、これは女言葉。然もこの数十年で岐阜県下に急速に普及した若者言葉と言える。つまりは新方言。此の学術語の定義は、現代に生まれた方言、若い世代に多く、非標準語形、使用者自身が方言として認識、の三条件を満たすもの。若者が標準語にない語彙を方言から取り入れる現象。井上史雄の命名。例「違っていて」を「違くて」。
君:飛騨方言で若い女性は元々というか、昭和の時代にはどのような言葉遣いだったのか、お示ししてね。
私:うん。「〜やえな」が標準。他には「〜やよ」。これは年齢に関係なく女性なら誰でも使う。飛騨方言で「〜です」と言えば「〜やさ」がより汎用的で、これは男女とも用いる。だから若い女性となると、まずは「〜やえな」「〜やよ」だが、「〜やさ」でもいけない事は無い。
君:新方言「やお」に気づかされたのは良いとして、そもそもの話だけれど、情報源はどこ?
私:今日のテーマと言ってもいいが、令和の新時代の方言研究はューチューブ動画とネットのラインスタンプショップの文言。どちらも方言の宝庫と言ってもいいでしょう。二昔前だが、当サイトのように方言をテーマとするウエブが百花繚乱だったが、未だに書き続けているのは私ぐらいだろう。日本でも最古参の部類だと思う。
君:結局は今日は何を言いたい訳?
私:はいはい。飛騨方言では「〜やよ」から「〜やお」に変化したのじゃないか。つまりはこの二十年ほどで子音の脱落が生じて連母音になった可能性がある。
君:岐阜市あたりでもこの二十年ほどで若い女性が「〜やお」を使い始めたとおっしゃりたいのでしょうけど、岐阜市での音韻変化はどうだったのかしら。
私:残念ながら、岐阜市の方言については知識がない。若い女性ともなると「〜やのよ」なんかの文末詞なのかね。となれは、「の」の脱落で飛騨方言と同じく「〜やよ」になる。あとは飛騨方言と同じ音韻変化、つまりは子音の脱落。
君:それはいくらなんでも。有り得ないわ。岐阜の方言が飛騨方言「やよ」に様変わりするなんて。
私:その通り。苦し紛れの説明だ。いかにも、もっともありそうな説明としては、飛騨方言の音韻変化が岐阜市に伝染したという事だよ、多分。飛騨の若者は岐阜・名古屋へ進学・就職する。その逆は有り得ない。岐阜市の若者が飛騨に就職する事は多分ないでしょう。飛騨には高山短大という大学しかない、美濃地方から飛騨へ進学するかも、というのもほとんど有り得ないストーリー。題して飛騨方言の美濃への伝染説。
君:若い女性ならこんな話し方があるだろう、という事で岐阜市の方言文末詞としては「〜やな」「〜やね」「〜やん」などが無いかしら。
私:そう、いかにもありそうな話だ。だからキーワードは「岐阜市+ラインスタンプ」で検索すると、そのような表現が見当たるかもしれないね。でも子音の脱落に加えるに母音交替という二段階の音韻変化だよ。ただし「〜やの」が存在するとすれば飛騨方言と同じく一段階だな。そうかオ段なら子音の脱落で一段階という事か。となれば「〜やと」「〜やも」「〜やろ」も、ぶふっ、候補になる。その一方、飛騨方言では紛れもなく「やよ->やお」は子音の後退という一段階だ。しかも、音韻変化は平成辺りに突然に生じた結果なのだし。少なくとも私が幼少期から最近に至るまで飛騨の女性が実際に「〜やお」とお話しになるのを聞いた事が無い。私がこの言葉に触れるのはネット動画、ラインスタンプの世界のみだ。
君:こういう仮説はどう?例えば飛騨の女子が岐阜市で「〜やよ」を使ったところ、岐阜の女子が「〜やお」と聞き間違えた。これが岐阜市の女子に人気でたちまちに拡散、飛騨へ「〜やお」が(逆)輸入されたかも知れないわ。
私:鶏と卵の論争だな。どちらにしても飛騨方言と岐阜市方言は最近はとみに急接近していて、ほとんど差がなくなっている事を一応の結論としておこう。ただし岐阜県方言「〜やお」が名古屋に伝染する事は有り得ない。今回の表題の通りだ。これこそ、本稿の結論とも言うべきだが、理由はたったひとつ、わかるよね。
君:ほほほ、勿論。指定の助動詞「だ・じゃ」の東西対立の問題ね。「だ」は東京と名古屋、「じゃ」は岐阜市・高山市と京都。つまりは岐阜県・愛知県境、言い換えれば木曽川という方言境界で真っ二つにわかれ、右岸の岐阜市と高山市、つまりは岐阜県全体は「じゃ」で、木曽川左岸、つまりは尾張は江戸と同じく「だ」。これは数百年以上びくともしていない方言境界。例え木曽川右岸で「じゃ」が「や」に音韻変化しようが、岐阜市の「や」と名古屋市の「だ」はお互いがびくともしないという事。
私:その通りだ。先ほどは「名古屋+ラインスタンプ」でヒットするおびただしい方言文字情報を検索してみたが「だもんで・だがや」等々のオンパレードで「や」はひとつも見当たらなかった。
君:あなたがわざわざ鬼の首でも捕ってきたように書かなくても、方言学の常識だわよ。どこかに記載がないかしら。
私:As of this writing, and if I remember correctly, ネットに溢れるおびただしいラインスタンプ方言文字情報について書かれた成書は存在しない。
君:なら、あなたがお調べになって出版なさったらいいのに。
私:ははは、やめとくよ。僕は何事も長続きがしないんだ。ひたすらラインスタンプ等のネット方言情報を検索して毎晩のように新発見に感動を覚える。それで十分だ。僕はいずれ死ぬ。僕にお墓、つまりは出版、は要らない。僕の墓はこのサイトだ。「ザ・飛騨弁フォーラム」が僕の全てだ。子供にも言ってある、老後に暇が出来たら親父の生前のサイトを読んでくれ、と。
君:「だもんで信長」「やもんで道三」の時代から木曽川をはさんだ指定の助動詞の東西対立は何も変わっていないのよね。「だで」が名古屋で、岐阜市と高山市が「やお」、未来永劫に名古屋市「だ」と岐阜市「や」は交わる事がないのかしら。
私:それは断じてない。言葉が突然ブレークする事はいくらでもある。来年の方言文化は誰にも分らない。こうなってくると方言というよりは単なる流行語。
君:You mean too fragile, and yet too-pitiful brief candle. でも自己矛盾しているわ。あなたは「だ・じゃ」は何百年もびくともしなかったとおっしゃったわよ。岐阜市の女子が毎日のように名古屋市に通学したり、遊びに行くのに、岐阜の「やお」は名古屋に伝染しないのがその証左。それにしても名古屋の女子も頑固だわね。口が避けても岐阜女子の間の流行語は話さんのだで。ほほほ

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