大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 認知方言学
方言コスプレ
私:方言コスプレについては以前にチラリとこんな文章を書いた事があった。
君:それがどうかしたの。
私:「方言コスプレ」は田中ゆかり日本大学文理学部教授の造語だが、「方言コスプレ」の時代──ニセ関西弁から龍馬語まで(岩波書店)の著書がある。
君:評価は。
私:当時の僕の印象としては、衒学的というか、当然の内容と言うか。
君:認知方言学的観点からは。
私:これはもう、メディアと方言イメージとの関係の分析だね。テレビドラマやアニメ、映画などのメディアの中でもおびただしい数の作品に方言が使われる。所謂、作品の味付け。これ等を分類する研究といってもいい。歴代のNHK朝の連ドラは全てが方言番組といってもいい。「素朴さ」や「田舎っぽさ」を演出するためだ。
君:一覧表を作っても研究とは言わないわよ。
私:言いえて妙、というのはなかなかのもので、飛騨出身の僕がしみじみ味わえるのは第66作目「さくら」だけかな。飛騨が舞台だからね。
君:認知方言学的観点からの評価は。
私:主人公サクラの奔放すぎる生き様は理解し難い。やっぱり、アメリカ育ちの女はだしかんさ(だめだ)。
君:どうしてなの。
私:婚約者のロバートがわざわざクリスマスにアメリカから来るというのに、サクラは高山で皆とパーティとは僕は理解に苦しむね。サクラぁなんで成田へ迎えに行かんのや。彼が可哀そうやさ。つまりは作品内容は男の純情、女の薄情。一言で言ゃあ、飛騨は保守的な男尊女卑の世界なんやぞ。男に従わん女はだしかんのやさ。
君:今は令和の時代やよ。たわけたいな。携帯もなかった時代なんやし。
ほほほ