大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学
ゼロ接辞とは(2)
私:ゼロ接辞 zero (or null) affix(suffix)についてもう少し。
君:学校文法ではその存在を無視。大学の言語学で学ぶ事。形態論(言語の構造、特に語の内部構造を研究する分野)における概念という事ね。
私:大規模言語化モデルともいうのかな。自然言語を理解する上では欠かせないコンピュータ用語といってもいいかも。
君:そんな事はいいから、今日のテーマは。
私:まずは英語について。zero (or null)の同意語性、これが曲者なんだ。僕はゼロではなくて、プラスゼロ 、の事だと思うんだけれど。
君:なるほど、在っても無くても量は同じという機能ね。
私:それとaffix(suffix)について。接辞 affix には接頭辞 prefix もあれば接尾辞 suffix もあるという事。
君:何故、接尾辞は prefix だけ f が一つなのか、という問題かしら。
私:そういう基本的な事は高校英語で習う。prefix = pre + fix, affix = af + fix , suf + fix だから。更には af は affigere ad- ("to," "toward") and figere ("to fasten," "to fix"), suf は sub 。それはさておき、如何にゼロ接続とは言え、接頭辞なのか接尾辞なのか、これは形態論的には重要な意味を持つ。見えないものが語の前にあるか prefix、後にあるか suffix、という命題。
君:例題がいいわよ。
私:「大変な事」は、「大変な」+「ゼロ接尾辞(る、が省略されても、なる、と同じ意味)」+「事」で、「大変なる事」。ゼロ接辞の性質上、接尾辞になるのが大半であろう、と僕は推察する。
君:英語にもあるわね。
私:「単複同形 sheep」が引き合いに出される。This is a black sheep. これはよいとして、 Those are my sheep + zexo suffix(meaning plural inthis case, since the subject is plural)、これが問題。この英語の文章では sheep と言う名詞にゼロ接辞が付加している。
君:飛騨方言では。
私:助詞、特に格助詞の省略でも言葉の意味が通じる事も多い。これなんかゼロ接辞で接続しているわけだね。「これ、ええな」=「これはええな」
君:語変化するとどうなるのかしら。
私:その場合は別語。「これ、ええな」と「こりゃ、ええな」は別の品詞。ただし「こりゃ、ええな」「こりゃあ、ええな」、つまりは「こりゃ」には、「あ」を足しても意味は変わらない、というゼロ接辞が実は接続している。そのような長ったらしい、判りにくい説明ではなくて、単刀直入に、短音と長音の違い、というひと事で説明するのが学校文法。
君:どうやら、あなたの癖で一日そんな事ばかり考えていたようね。
ほほほ