大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

唇音退化 labial weakening

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私:今日はどちらかと言うと言語学のお話。
君:なるほど、英訳がついているわ。意味は何かしら。
私:言語学なので世界の諸言語と日本語との共通性みたいな話。具体的には英語では p/b の子音の歴史みたいな話。今回は日本語のお話だけなので、古代の日本語の音韻がパ行からハ行になったお話だ。
君:有名な古典ジョークね。古代の日本語に於いて「ハハ母」の音韻は実は「パパ」だったというお話。生徒受けするわね。
私:上田万年(かずとし)の前にP音考なく、後にもP音考なし。
君:簡単に説明してね。
私:上田万年や橋本進吉といった日本の言語学者が、日本語の音韻史を研究する中で、ハ行音の P → [ɸ] → H という変化を「唇音退化」と名付け、その理論を確立したというもの。
君:古代には、光る、ではなく、ぴかる、と言っていたという事らしいのよね。ピカピカと光るから、ぴかる。
私:上代(奈良時代以前)にはハ行は[p](パ行の音)で発音されていた。例えば「はな(花)」は「pana」。中古・中世には [p]が弱化し、唇を軽く近づけて息を出す[ɸ](ファ行の音)に変化した。「はな(花)」は「ɸana」と発音されるようになった。近世以降は更に音が弱まり、現代のハ行音である[h](声門摩擦音)に変化した。この音は唇をほとんど使わない。「はな(花)」は「hana」と発音される。
君:何かの本にあったわね。羽柴秀吉の読み方は正しくは「ファシバフィデヨシ」なのよね。
私:その通りだ。
君:全てのパ行の音韻がハ行に移行したわけでないのよね。
私:そう。パタパタ、ポロポロなどのオノマトペは古代からパ行。「ハッパ葉っぱ」も和語といわれている。
君:話はそこまでね。
私:いや、「唇音退化」という言葉そのものについて、もう少し語ろう。上田万年の論文「P音考」(1898年)が、後の「唇音退化」という概念の学問的な基礎を築いたことは間違いない。しかし、「唇音退化」という言葉を明確な専門用語として使用し、体系的に位置づけたのは橋本進吉。彼は、その著書『国語音韻の変遷』(1928年)の中で、「唇音退化の傾向は国語音韻変遷上の著しい現象である」と述べ、この言葉を広く定着させた。上田万年が現象そのものの発見と実証を行い、橋本進吉がその現象を指す学術用語を確立し、普及させたという事。
君:上田万年は「唇音退化」という言葉はお使いにならなかったのね。
私:うん。そこで、やっと本題。少しばかり私見を述べさせていただきたい。僕はこの言葉、つまりは英語の直訳、が嫌いだ。
君:どうしてかしら。
私:誤解を生みやすいと思う。
君:どんな誤解かしら。
私:日本語の音韻史は唇音退化の歴史である、などという話になると、縄文人の話し方はとても高等で現代語は実は退化の極みつけなのか、などと誤解する人が現れると思うね。
君:唇音が退化しちゃったんでしょ。
私:それは表情の事。唇を使わなくなったのだからね。実際にはそれを補うべく舌の動きが進化した。我々が話す現代日本語は縄文語とは比べ物にならないほど複雑かつ高級なんだよ。決して退化したわけじゃない。
君:説得材料が要るわね。
私:乳児が初めに発する言葉の一つがパパ。乳児が覚える言葉十傑の中には「アンパンマン」がある。彼らは「ママ」は言えるが、「ハハ」は言えない。つまりはパ行よりハ行のほうが難しい証拠。
君:なるほど唇音退化ではなく舌音発達の現代語ね。幼児は唇音しか話せず、舌の使い方がまるでダメという事で、それがまさに縄文語という訳ね。 ほほほ

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