| 大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
| 二種の蝸牛の唄 |
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| 私:柳田國男著・蝸牛考には第七章が童謡の紹介記事でまとまった内容になっている。 君:兎に角、デンデンムシについては全国調査を徹底しておやりになったのよね。 私:皆がよく知っている文部省唱歌「かたつむり」は古くから伝わる「でんでんむしむし、つのだせ、やりだせ〜」というわらべ唄を下敷きにしたと思われる作品。・・1911(明治44)年、『尋常小学校唱歌(一)』に発表される。作詞は、「早春賦」などを作り、のちの童謡運動の先駆者の一人として知られる吉丸一昌(よしまる・かずまさ/尋常小学唱歌編纂委員/1873〜1916)ではないかとの研究が進められている。・・とのネット情報がある。 君:蝸牛考が出版された昭和五年、つまりは出版の随分前から、明治時代に全国の尋常小学校で歌われたという意味よね。 私:文部省唱歌は言わば標準語教育の為の歌。柳田國男が集めたのは全国の児童が歌っているそれ以外の古くから歌われている歌、という事で土地のわらべ歌なるものを集めた。 君:まあご苦労様な事。でもそれほど沢山の地方ではないわね。 私:本文から抜き出そう。播州印南郡、紀州田辺、備前邑久(おく)郡朝日村、伊勢、大垣、能登鹿島郡、信州下水内郡、同小県郡、甲州東山梨郡、越後中魚沼郡、福島県岩瀬郡、八戸市及び斗川村、以上かな。 君:地域としてはバラバラとお書きになったのよね。 私:一見そのようにも見えるが、それぞれの地方の歌詞と実際の方言との対比、また日本全体として考えてみると、という事で、おびただしい具体例を挙げて、やがて柳田の意図を読者に気付かせて、そして結論を紹介していくという筆致なので、本書は本当に読者をぐいぐいと引き付ける内容だ。 君:それはわかったから簡単に結論をお願いね。 私:ああ。表題のように全国のカタツムリのわらべ歌には二つの潮流がある。言い換えれば二つのキーワード。ひとつは「ででむし」、もうひとつは「つの角とやり槍」。 君:うーむ、わかったわ。二系統の全国のわらべ歌を足して文部省唱歌が作られたという事かしらね。 私:まあ、そんなところだろう。君とは本当に気が合う。ところでわらべ歌に角と槍が出てくることに関しては説明の必要はないよね。 君:勿論よ。子供は純真、角・槍に例えてしまうのは当然。 私:という事は、議論すべきは「ででむし」と「でんでんむし」の関係だな。 君:実際には「でんでんむしむし」ね。 私:その通り。各地のわらべ歌は歌いやすいように音韻が四拍子のものばかり。ところで「ででむしででむし」の歌詞のわらべ歌は一つも無い。 君:それは明治に出来た文部省唱歌の影響が大きいのじゃないかしら。 私:それもそうだろう。歌は歌詞がなんといっても命だからね。古語で「ででむし」であっても「でんでん」のほうが確かに歌いやすい。それに歌詞にとって大切なのはイマジネーション。ヒントは命令形。 君:命令形?「でんでん」は「出ぬ出ぬ」で未然形+否定の助動詞「ぬ」かしらね。 私:ははは、ひっかかったな。古語は「いでゐる」自ワ上一だよ。 君:あらそうね。判ったわ。「ででむし」は「いでゐよ・いでゐよ」虫ないし「いでゐ・いでゐ」虫で、古語「ででむし」の意味は「出てこい・出てこい」+「むし虫」ね。 私:そして「でんでん」は「いでゐぬ・いでゐぬ」。でもわらべ歌には連用形も命令形も関係ないね。子供は歌うのが楽しいから歌っている。それだけの事だ。 君:子供は「つの・やり」も面白くて仕方ないのね。 私:要はそういう事。柳田が気づいた事。出るか出ないかが面白い、ニョキッと出たものが角槍に見えて面白い、この二つ。 君:賢明な読者もお気づきだわよ。「いでゐ/出で居」は古文でも重要単語。古文は日本語をディープに学ぶ最強の手段なのだから受験生も楽しみながら古文を勉強してほしいわね。ほほほ |
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