大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム いろは歳時記
となりたたき
私:「いろは歳時記」の一句、「となりたたき あとのまつりの 飯がこげ」。
君:句の内容を簡単に共通語で説明してね。
私:飛騨方言「となりたたき」が問題。ヒントは漢字表現、隣叩き。
君:難しいわね。飛騨方言検定としては難解の部類ね。
私:更にヒントを書くとすれば、隣の家の玄関のドアを叩く事。
君:なるほど、それならわかるわ。つまり、女性の井戸端会議。ご飯を釜で炊き始めて、時間が余って隣家へちょいとお邪魔したら話に花が咲いて時間がたってしまい、気が付いたら焦げ飯になっていた、という意味ね。
私:その通り。実はもうひとつ意味があって、これは川柳というよりは冬の句という意味合いもあるんだ。
君:焦げ飯は季語じゃないわね。井戸端会議も冬の季語ではないし。どこにも季語なんて無いわよ。
私:そう考えるのも無理はない。実は飛騨方言・隣叩きは冬の季語で、別の意味がある。短い藁沓の事。藁で作った雪靴で、丈が短く、紐で縛らないもの。飛騨では一般的には「ずんべ」「ずんべん」「ずんべんど」とも言われる。これは全国共通語であり、古語の「しべ蕊」から来ている。「わらしべ長者」といえば国民的な昔話だよね。このお話は平安時代後期に成立した説話集で、今昔物語集や、鎌倉時代初期に成立した宇治拾遺物語に見られる。
君:なるほどね。ちょいとした雪靴は遠出用ではなく、お隣の家にちょいと出かける藁沓という訳ね。
私:今回、判明した事と言えば、[隣叩き]を雪靴の意味で用いるのは上宝方面らしい。飛騨弁水墨画集いろは歳時記は丹生川村の方言語彙を記載したもの。丹生川村から上宝村に言葉が伝番し、多義語化した、つまりは異なった意味で使われるようになったようだ。
君:隣叩きの原義は丹生川の言葉であり、雪靴の意味は原義の派生語だから丹生川から上宝に言葉が伝わったのは明らかだわよね。ところで。上宝と丹生川の位置関係は。
私:上宝は神岡の一部、つまりは高原川水系で、県道89「飛騨そま街道」という悪路で丹生川と繋がっているが、今も昔も人が行き来するような道ではない。岐阜県道76号国府見座線、つまりは古くは荒城街道と呼ばれ、十三墓峠の前後は越中東街道であった。この道を経由して、つまりは中間の国府村経由で上宝と丹生川は繋がっていたと考えるのが常識。
君:詳しいのね。
私:この辺りはオートバイで何度も行き来した。秋の紅葉の季節の「飛騨そま街道」は圧巻です。ただし冬期は閉鎖されます。張り込んで丹生川まで到達し、さあ峠越えして奥飛騨温泉郷を目指そうと考えたものの、前日に初冠雪という事で当日に前倒しの冬季閉鎖だったほろ苦い思い出もある。
君:仕方が無いわね。後の祭りだったのね。
ほほほ