大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム いろは歳時記

ねこわけ,ぼさつ

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私:「いろは歳時記」の一句、「ねこわけじゃ ぼさつのこすと 叱られる」。この句は食事の作法を説いた川柳。
君:句の内容を簡単に共通語で説明してね。
私:まずは飛騨方言「ねこわけ」について。猫が食い散らかした食べ残しの事。小学館日本方言大辞典によると、飛騨・(旧)京都府竹野郡・(旧)鳥取県西伯郡に資料がある。つまりは方言孤立発生論で説明可能な全国共通方言。つまりは庶民の素朴な発想から生まれた言葉。猫は少食であり美食家でもある。少しでもエサが多いと残すし、食い散らかす。この事は猫愛好家にはよく知られた事。動物学的解釈としては猫の野生本能、脳の満腹中枢の機序によるとの解釈が一般的だ。飛騨方言「ぼさつ」だが、米粒の敬った言い方。米や穀物全般を菩薩と称するのは古語にあるし、全国各地の方言にあるね。つまり句意は・・・子供だからといって猫のような食い散らかし方をして駄目じゃないか 米粒をひとつでも残すと 親に叱られますよ・・・という事。
君:なるほど、今も昔も庶民の気持ちは同じで、ご飯は尊い食べ物よね。
私:私も子供の頃に叱られた覚えがあるね。ただし、親の一言が余分だった。
君:余分とは。
私:親が、米粒ひとつができるのにも丹精込めて稲を育てて半年もかかるのだからな、と諭したんだよ。
君:あら、それのとごがいけない事なの。
私:私が・・・それじゃあ二粒で一年、百粒の米ともなると五十年もかかるのか、そりゃ大変だ・・・と口答えしたら、親をからかうもんじゃないと、益々叱られた。
君:親は心の中では、この子は算数がきちんとできてうれしい、と思っておられたのよ。 ほほほ

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