大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム いろは歳時記
せんだいも,のうなる,ひとしなざい
私:「いろは歳時記」の一句、「せんだいも 煮てのうなるまでは ひとしなざい」。この句は食生活を歌ったもの。飛騨方言「せんだいも」は馬鈴薯の事だが、季語は収穫時期である初秋(秋)。
君:句の内容を簡単に共通語で説明してね。
私:歌の意味は・・初秋の食卓といえば馬鈴薯を煮て一品のおかずだけの質素な食事・・という事。
君:米の収穫の時期でもあり、とにかく忙しい時期です、というような事を歌いたかったのかしら。
私:あるいは、そのような貧しい生活であったとか。ところで「せんだいも」の語源を知っているかい。
君:サツマイモは薩摩+芋の複合名詞から類推すると仙台+芋の複合名詞かしらね。
私:そのような民衆語源があるのは事実。一部の方言学者もそのように唱えている。残念ながら宮城県から馬鈴薯が広まった史実はない。高山市広報によれば江戸時代の飛州郡代・お代官様、幸田善太夫の名前による。彼は信州から取り寄せた。「せんだいも」の別名は信州イモ。
君:なるほどね。「のうなる」は「なくなる」のウ音便ね。
私:「なくなる」が「なうなる」、これが「のうなる」になる。
君:「ひとしなざい」は「ひとしな一品」+「さい采」ということね。一汁一菜どころか、単に一菜料理だったという事ね。
ほほほ