大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 中部方言「みえる」
共通語の「みえる」と方言の「みえる」
私:言葉の問題においてNHKが教育的な内容でネット配信しておられるとなると、これは最早、ひれ伏すしかない。という事で、当サイトで長年に渡って扱ってきた東海地方特有の敬語表現「してみえる(しておられます)」について。サイトはここ。
君:サイトはいずれ消滅の可能性があり、まずは要約が必要ね。
私:まさにその通り。東海地方の地域共通語の尊敬表現「みえる」だが、三重大学教育学部教授・余健(よ けん)先生によれば、「みえる」単独で用いる場合は共通語の尊敬表現そのものであり、これが複合動詞の後項部分、つまりは「してみえる」の言い方になると共通語とは言い難く東海地方特有の地域共通語であるとのお考え。
君:つまりは「先生がみえます」は共通語の尊敬表現であるものの、「先生が来てみえます」は方言の言い回しであるというお考えね。方言である事の理由は「誤れる回帰」「過剰修正」によって説明可能であると主張しておられるのよね。
私:そう。NHKがネット発信しておられるという事は、上述の考えはNHKの考えでもあると言えると思う。
君:なんだか歯切れが悪いわね。佐七君の考えはどうなの。
私:僕は単なるアマチュア。天に向かって唾を吐くような事はしたくない。一言だけ、なるほどそういう考えもあるのですね、と書き留めておこう。
君:要は「見える」は共通語の事もあり方言の事もある不思議な言い回し、というNHK並びに余健先生の考えに素直には従いたくなさそうね。
私:早い話がそうだ。東海地方の人々は「みえる」を、単独の動詞であれ、複合動詞の後項成分であれ、とにかく敬語表現として使っているんだ。そんな人たちが、いちいち、やれ共通語の「みえる」、やれ方言の「みえる」、などとコードスイッチングしてお使いなわけがない。皆、「気づかない共通語」として使っておみえなんだよ。だから、佐七の考えは東海地方の「みえる」は全て「気づかない共通語」であるという事、言い換えればつまりは東海地方の「みえる」は全て「方言の敬語表現」に違いない。佐七の考えは、東海地方にあるのは「気づかない共通語」であって、「みえる」という共通語は存在しない。NHK「まるっとみえ」記事につき、上述理論は三重放送局の見解という事でしょう。
君:つまりは佐七君は全国的に単独の「みえる」がどれだけ使われているかを是非とも知って、ガンバ、自身の考えを証明したいという事ね。
ほほほ