大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 白鳳~奈良時代

形容動詞

戻る

私:形容動詞は上代から存在した。
君:つまりは奈良時代あたりね。
私:そう。記紀・万葉にワンサカ出てくるので。ところで形容動詞という言葉を作ったのは芳賀矢一。これが橋本文法となり、つまりは戦後の学校文法に発展するので、数ある文法学説には形容動詞の存在を認めないという立場のもある。
君:佐七君はどうなの。
私:ああ、僕も認めたくないね。形容動詞と言えばナリ活用・タリ活用などと高校古文で習うが、「なり」の語源は「にあり」、「たり」の語源は「とあり」。つまりは存在の動詞「あり」の一部であるというのが山田文法はじめ、佐七の立場。つまりは和語動詞として最重要なのが「あり」で、これは英語の be 動詞とて同じでしょ。独逸語なら sein。つまりは言語学の話になるが、A=B という文章が各国語に共通するコア部分。これを copula コピュラ文という。果たして芳賀矢一にはこのような言語学的は発想があったのだろうか。
君:芳賀矢一と橋本進吉がいなければ、つまりは東京帝国大学がなければ「形容動詞」という言葉は無かったのね。本居宣長が、後世の学者たちは一体全体、何を訳の分からない事をとなえているのだ、と仰るわよね。
私:その通り。国学を無視する文法学説は許さないぞ!
君:言いたい放題ね。 ほほほ

ページ先頭に戻る