大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 白鳳~奈良時代

存在の動詞「あり有・在」

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私:日本語の起源、つまり日琉祖語なんてのは古代語ロマンを掻き立てるが、なにせ記録がない。Phoneme is too fragile 、考えていてなにかもどかしさを感ずる。
君:そのかわりに存在の動詞「あり有・在」は日本最古の動詞、記紀・万葉の時代に紛れもなく存在した動詞なのよね。
私:その通り。基本的なところの地固めから飛騨方言の歴史考察は始まる。品詞としては動ラ変だ。存在する事を示す。形容詞、形容動詞の表す状態的意味を代表する語。とにかく動詞の中でも特別な意味を持つ。存在詞と呼ばれる事もある。
君:存在する対象としては、人、物、状態などあらゆるものね。
私:状態というのは抽象概念だから存在詞「あり」は人や物から始まったと考えたいところだね。
君:更には、時代は流れ、どんどんと抽象的な意味が付加するのよね。
私:そう。ひとつには、生存する・生きながらえる・心身ともに健康なまでに暮らし続ける。万葉などに何首かある。妻とか、別の例では、爪を切ってあげる両親が健康である事などは、これ以上の喜びはないね。
君:ほほほ、健康賛歌ね。今も昔も人情は同じ。
私:そう。それからふたつめとしては、そこにいる・いあわせる、という意味だ。連体詞「ある」はここから来ている。
君:その後に補助動ラ変の出現ね。
私:うん。形容詞に接続してカリ活用になるし、「に」や「と」で終わる副詞句に融合して形容動詞が作られる事になる。
君:以上は全て記紀・万葉の時代のお話ね。
私:まあ、そんな感じで、既に奈良時代に日本語のプロトタイプは出来あがっていた。
君:形ク「なし無」についてもひと言、お願いね。
私:これも記紀・万葉の時代の言葉。つまりは日本語には初めから「有り(動詞)・無し(形容詞)」の対立があった。
君:つまり、何故そのような品詞対立があったのは誰にもわからない。 ほほほ

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