大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 古代の飛騨方言
縄文語クリ
私:「くり栗」という単語だが、万葉集巻5-802 ・山上憶良に、うりはめば・・宇利波米婆胡藤母意母保由久利波米婆麻斯提斯農波由伊豆久欲利枳多利斯物能曽麻奈迦比尒母等奈可〻利提夜周伊斯奈佐農、の句があり、奈良時代に「クリ久利」という音韻があった事は誰でも知っている。つまりは「くり栗」は古代のいつからの言葉なのだろう、という素朴な疑問が湧く。今日はそんな話。
君:何を言ってるの。表題からすると、「くり栗」は大和語どころか縄文語なのでは、と仰りたいのよね。
私:まあね。ところで全国各地の縄文遺跡で必ずと言っていいほど出てくるのがクリの炭化物。青森県の三内丸山遺跡からは建築物用のクリの大木やクリ林が意図的に管理されていた痕跡までもが発見されていて、縄文時代は既に計画経済が始まっていた事も判明している。
君:なるほどね。大和時代どころか、古墳時代どころか、弥生時代どころか、縄文時代からクリと呼ばれていた可能性はあるわね。
私:あるなんてもんじゃない。大ありだろう。実はクリって日本の固有種だよ。
君:えっ、大陸からやってきた弥生人が見たこともない木だった、という意味かしら。
私:その可能性がある。ニホングリは固有種だが、ただし朝鮮半島南端にも自生するけれどね。ところが大陸にあるチュウゴクグリは実は別の種であって、日本との共通祖先は遺伝学的には数億年前だ。
君:それでも古代の中国人や朝鮮民族もクリを食べていたでしょ。
私:勿論だ。それは両国における発掘調査で証明されている。さてさて、クリは中国語で一般的に「栗子(lìzi)」と言い、朝鮮語で「밤(bam)」と言う。そして日本では奈良時代から現代に至るまでクリだ。中国の古代の医学書や詩歌などでも「栗」という漢字は頻繁に登場する。現代の朝鮮語でクリを意味する「밤 (bam)」の語源は古代朝鮮語の「bam」であったと広く考えられている。つまりは朝鮮半島の古代弥生人や中国大陸の古代人が「クリ」の音韻を持っていたとは証明できないね。「くり」は日本の縄文人が言い出した古代からの日本の固有の言葉だろう。
君:でも中国語「リツ」と日本語「クリ」には共通音韻「リ」があるわよ。
私:このサイトは学究サイトではなく、エンタメ系。チュウゴクグリ・ニホングリと同じく、言葉も数万年以上も昔の中国人・日本人の共通祖先が話していた幻の音韻「リ」から分かれたと考えればピタリと理屈は合うんだよ。
君:クリは縄文時代から重要な食べ物であり栗林として管理していた事は証明されたけれど、言葉の証明はいまひとつだわ。
私:それならば比較言語学的立場から考察しよう。奈良時代から「クリ」の音韻は一切、変化していない。つまりは縄文時代、或いは弥生時代あたりに突然に音韻の変化 language shift が生じて「クリ」という言葉が生まれたのかな、とは考え難いね。倭語である事は間違いないだろうし。要するに、食い物の恨みは恐ろしい、重要生活語彙という訳だ。詳細は省くが、現代語に通じる「き木」とか「ピ火」の音韻も縄文語と言われている。全国共通語彙だね。飛騨の縄文人は同時代の共通語を話していた、とも考えられる。
君:「ヒ」ではなく、「ピ」なのね。
私:東京帝大教授・上田万年のP音考。彼は天才。
君:要は佐七君の考えは、縄文時代の生活語彙が現代日本語語彙に至るまで続いたのでは、という発想ね。Simple is best.
ほほほ