大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 中世
平安時代の飛騨方言・やはりそうか、飛騨方言が京都アクセントでない理由
語彙の探求、俚言の語源探しなども面白いのですが、飛騨の俚言探しといっても限度があります。実はそろそろ種が尽きているのです(2006.9.23)。
ところで筆者の現在の最大の関心は実は、飛騨は何故意外にも東京式アクセントなのか、という事なのです。飛騨は京都にむしろ近い、東京への半分以下の距離です。しかも東京へ行くには北アルプスを越えなければなりません。そして北アルプスこそが方言を東西にまっぷたつに分ける境界線です。
謎は深まるばかりです。と言うのも律令制の上代に飛騨工が延四万人、せっせと一年の長きの単身赴任を繰り返した結果、飛騨方言は純粋な上代京言葉となりました。飛騨の中心、小京都・高山という言葉ですが、町並みや周りの山々を普通は連想してしまいがちなのですが、にわか方言研究家佐七にとっては飛騨方言こそが小京都なのですね。しかもアクセントは純東京式なのさ、いいとこだらけでしょ、ははは。
さて国語学の書物にあたりますと、東大系の言語学者の方々が知性を駆使して古書にあたられた結果を不肖佐七が総括しますと、なんといっても京都のアクセントが日本を代表するアクセントなのでしょう。つまり、東京式アクセントという言葉にこだわってはいけない、東京式とは実は何のことはない非京都式と考えればすべて説明がつきます。
金田一京助氏の言ですが(日本語の変遷、講談社学術文庫)、"江戸人・東京人にないもの、それは故郷。半年も東京に出て行って、帰ってうっかり東京語を出しでもしたら、生意気だとかキザだとか、たちまち白眼視される所が故郷である。"・・・だそうです。律令時代の京都は飛騨工にとってはさしづめ現代の首都東京。一年間、都の造営に携わり帰省して京都アクセントを出しでもしたら、生意気だとかキザだとか、このような田舎の人間の根性というものは変わりようがありません。(とくに飛騨のような山国はね。)以下重要点をまとめに。
まとめ
★飛騨工、その数延べ四万人、が律令時代に京都の語彙・文法を飛騨にもたらしたであろう事は疑うべくも無い。が飛騨は現在も非京都式アクセントである。当時から飛騨のアクセント体系は上代京都アクセントと相当に異なっていた可能性がある。★上代からさして変化の無かったであろう現代の飛騨方言アクセント体系が東京式に一致するのは偶然の産物の可能性がある。またいっぽう東京も飛騨もかつては所詮田舎・千年の都の京都ではない、という点ではピタリと一致する。★飛騨工が一年の単身赴任をしても郷里では京都アクセントで終に話さなかった理由は、若しそうしたら生意気だとかキザだとか、たちまち白眼視されるという風土が山国飛騨にある事を無視はできない。