大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

飛騨方言における開拗音の歴史

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佐七:今日も楽しい話題だ。本邦初公開だよ。
家内:難しそうだけれど実は簡単な話、という事でお願いね。
佐七:ははは、当たり前だよ。では、タイトルの説明から、しゃしぃしゅしぇしょ、がサ行の開拗音(かいようおん)なのさ。
家内:ほほほ、赤ちゃんの言葉ね。娘が先生の事をしぇんしぇー、と言ったのを思い出すわ。
佐七:ははは。その通り。開拗音は言いやすくて原始的で中世の中央の言葉だったのさ。じゃしきをご参考までに。
家内:話が飛んだわ。いきなり飛騨方言ではわからないわ。
佐七:いや、すまん。中世の中央の音韻だ。しかしながらテープレコーダも無かった時代の音韻が解明できるって君も不思議に思うだろう。手がかりは古文書・古典のみだ。
家内:そうね。仮名の注釈でもあったのかしら。
佐七:そうじゃない。日葡辞書だ。ポルトガルの宣教師様がたが当時の日本語はどのような発音であったのかを正確にローマ字表記して辞書出版してくださったのだ。
家内:ポルトガル語のアルファベットは今も昔も変わらないのね。
佐七:そうなのだよ。ところで僕は生まれも育ちも飛騨、君はそして名古屋。していらっしゃる、という意味でしてみえる、という言い回しが実は東海方言である事を知っているかい。
家内:しておられます、とも言うわね。しているようにみえる、という意味にも取られかねないから要注意の言葉よね。
佐七:ははは、そうなんだよ。ところで、してみえる、は尊敬の言い回しだけれど、古語動詞ならば、みゆ、だ。古語辞典を見たまえ。奈良時代だぜ。でも名古屋でも飛騨でも尊敬・みえる、を使っている。みゆ>みえる、に変化したのはいつ頃だと思う?
家内:さあ、みゆ、が上代だから、みえる、は中世から近世ね。だってみえる、は現代の言葉ですものね。
佐七:まさにその通り。そしてここに登場するのが日葡辞書。答えが書かれていたんだよ。
家内:もったいぶらずに結論を簡単にお願いね。
佐七:では早速。日葡辞書に Miyeru Miyeta の記載がある。
家内:ほほほ、そのまま読めとおっしゃりたいのよね。中世には、みゅえる・みゅえた、とマ行の開拗音で発音していたんでしょ?
佐七:図星だ。その通り。江戸時代には完全に、みえる・みえた、の発音になったのだろうね。そして明治から現代。
家内:ほほほ、ただしそれは中央の事。では飛騨方言の歴史をどうぞ。
佐七:そうだね。実は明治時代までの飛騨方言はサ行開拗音が普通だったのさ。明治生まれの私の祖父母が話していた言葉をはっきりと思い出す。座敷は、じゃしき。左官は、しゃかん。
家内:ほほほ。記憶がいいのね。訳がありそう。
佐七:ふふっ、・・ドラえもんだよ。僕はノビタだ。時々は祖父母の夢を見る。夢の中の会話さ。
家内:私達夫婦も孫の夢に登場出きたら最高ね。はりきって可愛がりましょう。ところで結論を忘れてるわよ。
佐七:おっと。サ行開拗音は中央では江戸時代初期に廃れたが、飛騨方言では戦前まで続いた。本当の結論は、しゃけフレーク食べたいな。
家内:鮭に酒ね。わかってるわよ、直ぐ出すわ。

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