大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 地名学
飛騨 or 斐太
私:白線流しで有名な岐阜県立斐太高校。ニュースで取り上げられ、友人からも同校の卒業生である事を聞かれて、チョッピリ誇りが持てる瞬間。
君:悪い気はしないわね。
私:友人からの次の質問が、高校名が「飛騨」ではなく「斐太」なので何かの間違いかと思いました、というもの。
君:どうやってお答えするの。
私:ステレオタイプな僕の言い方だが、以下の通り。「いえ、間違いではありません。同校は岐阜県で二番目に古い歴史を持つのです。飛騨は天智朝の時代に国として成立、当時の表記が「斐太」です。その後に律令政府が中央集権施策として、全国の国を漢字二文字とする(大宝律令、大宝令、701年)、と定めた後に熟考を重ねて「飛騨」に改名されました。和銅元年(708)の事です。校名「斐太」は、それでも古きを尊ぶ、という歴史ある同高校の伝統精神の現れです。」
君:なるほど、それは皆様、感銘をお受けになるわね。
私:実は、これは私の本心ではない。
君:えっ、どうして。
私:変な拘りはやめましょう。[ヒダ]という古代の音韻があった。文字も無かった時代の事。適当に(いいかげんに)借用して「斐太」。或いは、これって誤記だよね、という事で「斐陀」と記載する事もあった。つまりは、何のことはない、表記の乱れ。いくら何でもまずいという事で和銅元年に「飛騨」に改名した。つまりは、これにて法律的な根拠が生まれた表記の「飛騨」。僕には学校が創立当時にどうして「斐太」を選んだのか、理解できない。
君:確かに、それは一理あるわね。
私:それだけじゃないんだ。1886年(明治19年) 飛騨三郡により高山中学校創立、斐太学校と改称、その後に斐太中学に更に改称というのが歴史秘話。実は「高山高等学校」と名乗るチャンスもあったのに。飛騨学校、飛騨中学、の名前を経て、飛騨高等学校、と名乗るチャンスもあった。
君:つまりは、今更、校名は変更できないわよね。
私:「斐太高校」の表記に心酔する人達も多いと思うな。歴史に若しもは無いが、校名の歴史の裏を知ってしまうと、これはもう、ボタンのかけ間違いというしかない。
君:あまり気にしないほうがいいのじゃないかしら。
私:気にしようが、気にしまいが、世の中は変わらない。でも僕自身は、この世の不条理だと感じている。校名というか、表記が気に入らない。嗚呼
君:大宝令の施行により、正式に「飛騨」の表記が制定されたので、「斐太」は、要するに誤字という訳ね。音韻からすれば「斐陀」のほうがより正確ね。
私:おいこら明治のお馬鹿さん、訳も分からず「斐太」の漢字、実は単なる当て字・然も誤記、を採用しやがって。然もこれを皆が有り難がるというのはいかがなものか。有斐会(斐太高校のOB会)はいったい何を考えているんだ。
君:過而不改是謂過矣(論語)。
ほほほ