大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

方言がないとは(3)

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私:ナス茄子の方言量がⅠ、つまりは方言がない事については興味が尽きないし、奈良時代の茄子の音韻についても。
君:えっ、まだ書く事があるの。
私:あるとも。始まったばかりだ。実はナス茄子を意味する言葉として平城京跡から出土した木簡に「奈須比」と記されている事を知った。また、正倉院文書には「那須比」がある。「奈・那」「須」「比」は、それぞれ日本語の音節「な」「す」「ひ」に対応する万葉仮名だ。つまりは奈良時代に「ナスヒ」という新語が生まれた事が判明しているという事。その一方で、正倉院文書に「天平六年(734年)茄子十一斛、直一貫三百五十六文」といった記述がある。つまりは、この唐の国からの輸入植物には当初から「茄子」「奈須比」「那須比」の三通りの日本語の表記があったという事だ。
君:つまりは唐の漢音式に表現すると「茄子」で、音韻は「キスィ」に近い音韻、そしてこれを完全に奈良時代の日本語式の音韻で発音すると「ナスヒ」になった、という事かしらね。
私:うん。それどころか唐の音韻「キスィ」は、形成文字「茄」の発想で何時の間にか「カスィ」と呼ばれ、これが「カスヒ」を経て「ナスヒ」になったのではなかろうか。
君:つまりは「ナスヒ奈須比」が生まれた後にその短呼化として「ナス茄子」という日本語が生まれたのでは、という発想ね。
私:つまりナスを運んだ遣唐使船には「茄子」の字の目録で書かれていたものの、日本に上陸するやしばらくして「ナスヒ」と呼ばれるようになり、これに「奈須比」の万葉仮名を当てた。一方で「茄子」の字の目録は残っている。これを奈良時代の後期、あるいはもっと後世の人が「ナス」と呼ぶようになったのじゃないかな、と思ったんだよ。またよくある説が「ナス」の音韻が女房詞で「おなす」になったというもの。つまりは結論として、「なすび」が「なす」になった過程には、「おなす」という女房詞の存在があったとする文献や説がある、という事を付け加えたい。
君:「なす」の音韻に「ひ」の音韻が付加されたのでは、というのは音韻学の法則に反するわね。その一方、女房詞では何でもかんでも「お」の字を付加させるので、「ナス」から「オナス」になったのは有りうる事だと思うわ。室町時代の話ね。
私:だろうね。
君:ところで飛騨方言の話が全然、出てこないわよ。
私:飛騨に茄子が広まったのは江戸時代以降だろうね。明治6年(1873年)の『斐太後風土記』に国府の糠塚村の特産を「国府なす」と呼ぶ、との記載があるらしい。つまりは当然ながら飛騨では近世語ないし近代語として「なす」。飛騨方言「なすび」は、やはり近世語だろうか。「一富士二鷹三茄子」、つまり江戸時代の言葉では「なすび」だからね。また、「なす」は関東に多く、「なすび」は関西に多いと言われているが、理由は不明と言わざるを得ない。
君:飛騨には江戸時代辺りにに日本語の音韻としては完成品の「ナス・ナスビ」が入ってきたという事ね。 ほほほ

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