大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム
方言がないとは(3)
私:ナスには方言が無い事について、二編ばかり書いたが、まだまだ書きたい事がある。
君:えっ。つまりはどうでもいい事、屁理屈だわよね
私:まあ、その通りだな。ところで、モーラ語(アルタイ諸語)には致命的とは言わないが、欠点というべきものがある。それは何か。
君:それはどこの言語学の教科書にも書かれている事、同音異義語が発生しやすい言語であるという事ね。
私:うん。東京語の(最大の)欠点は雲と蜘蛛が同音異義語である事だと説く国語学者がいらっしゃる。更には、両語は東京語では同アクセント語であるだけに極めて質(たち)が悪いんだよ。
君:ナスの同音異義語と言えば「為す・那須」程度なので、確かに植物・食物の語彙でナスの同音異義語は皆無に近いわね。
私:そう。あれこれ、辞典にあたってみたが、無い。近いと言えばナズナ薺(熟字訓)程度。でもこれは明らかに異音語。江戸時代あたりにナスは庶民の味になったそうだが、奈良時代にナスという新語が生まれて江戸時代まで、同語の同音異義語は生まれていない。江戸時代から現在に至るまでも然り。その一方で、カハは万葉集に「川・皮」があり、既に奈良時代に同音異義語。
君:会話あるいは和歌では文脈で判断できるわよ。
私:万葉仮名ではカハ川を「河」や「川」といった一字の表意語で書く一方で、カハ皮には「加波」「可波」といった二字表音語ないし「皮」「革」をそのまま表意語として同音異義語を区別して表記したらしい。それなりの苦労があったんだね。
君:その点でナス茄子の表記は簡単ね。
私:簡単なんてもんじゃない。それどころか江戸時代にナス茄子の日本語が一般化するに従い、子の漢字って要らないよね、と皆が考えるようになり、茄の一文字でナスと呼ぶようになった。ナスは「茄子(qiézi)」という中国語の言葉として日本に伝わったものとも言われている。茄は形成文字で、草冠が植物である事を表し、「加」が音韻を表す。唐の時代には、「茄」は喉の奥から発する「キ」のような音で「子」は、「スィ」や「ツィ」のような音だった。当時の日本人には発音しづらかったんだね。純日本風の「ナス」という音韻で同音異義語問題は特になかったのだろう。例えば「なす、なすのくにとなす」は「那須、茄子の国と為す」以外の意味には成りえない。
君:ナスはナツ夏にも通じする素敵な音韻だったのかしら。
私:その可能性は大いにあり。夏は万葉仮名では「奈都」。古代の日本語の音韻、倭語と考えたい。主に遣唐使によって持たれされた漢音の音韻「スィ・ツィ子」だが、扇子・椅子など、「ス」の音韻として一般化するのは鎌倉時代だ。ただし、実は奈良時代に既に「ナス茄子」の音韻で、これが日本語における「す子」の音韻の先駆けだったのでは、と考えたい佐七節。
君:あら、違うわよ。奈良時代には「ナスィ」「ナツィ」と呼んでいたかもしれないじゃないの。鎌倉時代あたりにようやく「ナス」かもしれないわ。
ほほほ