大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム
方言がないとは(2)
私:単モーラ語ないし2モーラ語は方言になりにくい事をお話した。更に気づいた事がある。
君:短い言葉は音韻変化しにくい、これは誰もが納得。更には、発音しやすい事という条件かしらね。
私:まあ、それもあるね。本質的な事かもしれない。でも、それだけかな。
君:新しい言葉は各地の方言にはなりにくく、古い言葉であるほど各地の方言になりやすいという事を方言周圏論は教えてくれるわね。
私:ヤマ山・カハ川は和語なので、相当に古い言葉だよ。但し縄文語の可能性は怪しい。大陸からやってきた弥生人が縄文語を駆逐してヤマ山・カハ川が和語になった可能性がある。
君:縄文人はクリを主食にしていたのでクリは縄文語だろう、というロジックも成り立たなくなるわね。
私:その通り。クリ・ヤマ・カハは縄文語ではなく、弥生語の可能性がある。つまりはこれらの語彙について考察するのは時間の無駄だ。もっとハッキリとした具体例で考えたい。
君:なんという単語かしら。
私:ナスだ。ナスは太古の日本にはなかった。原産地はインドで、東大寺正倉院の古文書には、天平勝宝2年(750年)にナスが献上されたという記録が残っている。ナスが日本に伝来したとされる「8世紀頃」は、遣唐使が派遣された時代と一致する。つまりは縄文人も弥生人もナスは見たことも無ければ食べた事もない。
君:奈良時代からの日本語だからといって和語とは言えない典型例、それがナスなのね。
私:その通り。倭語の定義は邪馬台国の時代、日本が倭国と呼ばれていた時代の日本語の事。何のことはない、ナスは奈良時代の新語だ。
君:唐からの輸入語では無かったのね。
私:ここからは佐七の漫談になるが、唐の国で遣唐使船にナスを船積みして、真水を与えて生きたままのナスを日本に持ち帰ったか、或いは種かな、その種を奈良の都で発芽させ成長させた時には唐の国では何という名前だったっけ、船の一行は忘れてしまっていた。困った、何という名前にしよう、という事で、ナスという新語が生まれた。ナスビが良いという意見もあって、茄子・那須比の二語が生まれた。
君:なるほど。奈良時代の新語ね。
私:そう、相当にナウい言葉だった。ところでナスの方言量は1、つまり方言が無い。これに理由があるんだよ。
君:全会一致だったから、という事かしら。
私:まあ、そんなところだろう。それ以上の理由としては、唐から持ち込まれたナスは観賞用、苦くて食べる野菜じゃない、現在あるナスは一千年に及ぶ品種改良の結果。朝廷や貴族、寺院の庭で愛玩されていた。つまりは庶民が作った言葉じゃないんだよ。つまりは方言周圏論的には都からなかなか出て行かなかった言葉、だから方言が無い。勝手な想像につき、若し間違っていたらごめんなさい。
君:ナスが庶民の味になるのはいつかしら。
私:江戸時代あたりだね。ところで本題、どうして奈良時代の人がこの新しい食物にナスという新語を与えたのだろう。諸説がある。
君:あなたの考えは。
私:夏の植物だからナスに決まっているよ。それ以上に重要なのが、弥生語にナスという音韻が無かったからという事。ナスはまさにグッドセンスの2モーラ予約語だった。ナスという新語のまさに誕生の瞬間、というのが佐七の考えです。
君:輸入植物だから新語。これは間違いないわね。
ほほほ