大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

方言がないとは(1)

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私:このコーナーでは方言量という言葉についてあれこれ書いている。そもそも、方言量とは。
君:柳田國男の提唱した学術語ね。方言そのもの、と言っても良いのだけれど、それを整数で数値化したもの。つまり全国で何通りの言い方があるのか、という事。
私:その通り。こうなってくると最早、飛騨方言のみを考察しておけばよいという次元ではない。相手は全国区というわけだ。
君:方言の辞典を買いあさったので、その手の記事はお手のものね。
私:小学館・日本方言大辞典全三巻は役立つね。収載語彙は20万じゃなかったかな。もっとも日本における方言語彙の総数はおよそ百万であろうと計算する方言学者もいる。方言は各地で廃れているので貴重な資料だ。まさに古典を学ぶ気分だ。
君:方言は、要するに死語ね。
私:その通り。ただし、普段、何気なく話している言葉にも方言はひっそりと隠れている。つまり被覆形の形。それを見つけ出す面白みがあるんだ。
君:前置きが長すぎるわよ。
私:では。方言がない、ってどういう事。逆に、方言学者と呼ばれる方々は、方言がある事、つまりは言い方の違いを命題にしている。
君:やま山とか、かは川とか、き木とか、ぴ火とか、あお青とか、古代から現代まで続く音韻の事ね。
私:そう。記紀・万葉集・風土記の共通語彙140あたりと言ってもよい。これらの語彙群には共通項がある。
君:短いという事ね。
私:うん。日本語はモーラ語だ。子音+母音の繰り返し。この単位がモーラ。然も1モーラはイロハ48の事で、これまた少ない。印欧語族とは違う。アルタイ諸語に属するのではと言われる所以。
君:なるほど、木・火は1モーラで、山・川は2モーラ。奈良時代に1ないし2モーラとして和語の予約語であった語彙群は、これ以上に言い易い言い方はないので、全国各地で方言が生まれようがないのね。
私:まつ松、これも方言は無いな。雑穀の稗ヒエ・粟アハなどはどうだろう。多分、無いよ。
君:つまりは3モーラ以上となると、俄然、方言量が増えるのね。
私:要はそういう事。5モーラのカタツムリはその典型という訳だ。結論だが、イロハ48の二乗は2304なので、日本語の語彙で埋め尽くされているとは考え難い。お暇な方はどうぞ。これが今日のコア情報。
君:なるほど。コアは千年後の日本語でもコアで決まりね。 ほほほ

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