大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

柳田國男先生に捧ぐ、ナスビとトウナを方言量からみると

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民俗学者の柳田國男先生が"方言量"という言葉を定義されました。ひとつの共通語に対していくつの方言があるかという数値をいいます。浅学の筆者は方言数という言葉でいいのではないかと考えてしまいますが、つまりは佐七は quantity と考え、柳田先生は quality ととらえておみえなのではないでしょうか。

余談はさておき、青い、の方言は全国広しといえども数個のみ、東北・九州に、まっぷい・まっぺえ、があり、その他の地域はすべて、青い、です。青い、の方言量はせいぜい5ですね。ところがへびのアオダイショウ、これの方言量は途端に百以上です。(ちなみに飛騨方言では、アオダンベ、実は卵を二個呑み込んだ青大将がいて佐七が思わず叫んだ。)

賢明な読者の方にはお書きするまでもない事なのでしょうがあえて、例えば青いというような基本形容詞は日本語そのものですから、全国津々浦々通ずる言葉、即ち方言量は少ない、その一方、ヘビのような小動物は悪童が命名する言葉が地域の方言となった可能性が高く、従って方言量も多くなるという事ですね。一般的には方言量の多い品詞といえば、小動物、遊び、マイナスイメージを持つ人間を表す言葉、栽培植物、草花、親族名称など、というのが方言学の教える所だそうで。

実は以上が前置きですが、ナスの事をナスビといったり、少し上品にオナスといったり、飛騨方言のナスの方言量はせいぜい3です。またトウモロコシの事をトウナ、トナワ、トウナワというのが飛騨方言ですから方言量はやはり3。飛騨方言を考える限り、ナスとトウモロコシの方言量は互角です。ただし全国となると、ナスはやはり3、ところがトウモロコシは途端に200。つまりは井の中の蛙の佐七が全国の方言を知ると両品詞の方言量の違いに愕然とするわけです。

理由がやはりありましょう。ナスは奈良時代に日本に輸入されてナス・ナスビと言っていました。当初は観賞用・薬用にて寺院・貴族の庭で愛玩されていたようです。これがゆっくりと全国にひろまったのでしょうが、品種改良が進み、全国的に庶民の味になったのは江戸時代からのようです。寺院内では音韻変化が生じなかったようですね。江戸時代から現代までの時間という短い時間では、既に全国的にナスという音韻であった言葉、つまり和語として奈良時代から確立していた言葉が更に音韻変化する必要はなかったという事のようです。

その一方、トウモロコシですが、1579年(天正7年)に日本に輸入され、つまりはナスビより歴史が相当に新しいのです。とはいうものの、食用としてはいきなり完成品の画期的な植物だったのですね。つまりは、日本の風土に合っていて、瞬く間に全国に広まったのです。飛騨においても端(北飛騨トナワ)と端(高根村トウナ)で違うのは、飛騨地方においてすらあっという間に広まったから、と考えざるを得ません。方言周圏論的には、都の言葉は音韻変化がないと仮定して一世紀で百キロのスピードで地方に伝搬したと言われます。これより速いスピードで全国に広まったトウモロコシに地方の庶民が独自にあれこれ(勝手に)名前を付けた結果として、方言量200のいろんな言い方が出来ちゃったのでしょうね。

以上は勝手な想像です。若し間違っていたら、こめんなさい。

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