大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 文法
橋本文法
私:橋本文法は戦前の文法で、東京帝国大学教授・橋本進吉の文法。形容動詞や補助動詞の概念を提唱、というか生みの親、戦後の学校文法に生きている。
君:なにかいい事尽くめのような言い方だけど、違うのでしょ。
私:そう。僕は形容動詞の存在も、補助動詞の存在も認めない。
君:せっかく習った学校文法を全否定なさるのね。
私:形動ナリタリ、あれは単に名詞+「にあり」「とあり」が音韻変化しただけのものだから、ちょいと文語文法を学べばいいだけの話なんだよ。
君:それじゃ補助動詞は。
私:山本五十六語録というものがある。彼は連合艦隊司令長官、帝国海軍を束ねた男。彼の語録に、「やってみせ、いってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かぬ」というのがある。橋本文法・「テ形接続」の例文には持ってこいかも。
君:でも「テ形接続」でも可笑しな例もあるという意味ね。
私:その通り。「たべてみる」の「みる」は補助動詞、従って「見てみる」の「みる」も補助動詞、つまりは「見てみてみる」は本動詞「見てみて」+補助動詞「みる」という理屈になってしまう、
君:本動詞「見てみて」は自己矛盾というわけね。
私:数学などの論理学では一発でアウトだね。つまりは「みてみてみる」はセンスに合うので、補助動詞など存在しないという結論になる。
君:「みてみてみる」なんて言わないわよ。
私:「たべてみてみる」はどうだい。
君:言わないわ。
私:「ちょっと見てみる」は日常会話後だ。「みてみてみる」とて、国文法的にはあっているので、つまりは補助動詞というものは存在しない。
君:補助動詞が期末テストに出る中学生は可哀そう。したり顔で問題文を作る先生はもっと可哀そうという事ね。
ほほほ