大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム
げばす(=失敗する)(2)
私:飛騨方言の言い回しに「げばす(=失敗する)」というのがある。飛騨以外の人には奇異に聞こえると思う。飛騨の俚言といいたいところだが、方言資料には長野県下伊那郡のものがある。
君:「げばす」は飛騨の人達が大好きな動詞だけれど、活用はサ行五段よね。
私:その通り。失敗しない、と言う意味では「げばさない」と言う。今日はこれに関して、またまた個人の名誉のためにお名前は伏せさせていただくが、岐阜県のある方言学者さんが著書に「げばす」の語源は「げびた下卑」から来ていると明言しておられる。
君:佐七君はその点に関して、納得がいかないのね。
私:うん。方言文法でホットな話題である「サ行イ音便」にお気づきにならなかった事が致命的なミスだと思う。例えば、飛騨方言では「げばいた話(下品な話)」などというフレーズで用いるが、これは実は「げばした話」のイ音便。その一方で「下卑た」の元の言葉は「下卑りた」、つまりラ行五段「げびる」から「り」が脱落した言葉だ。或いは「殴る・殴った」でお分かりかと思うが、「げびった」で促音便になる。更にこれが「げびた」に音韻変化する事もあるだろう。ただし、いくら「げばいた・げびた」が似通った音韻であり、あまつさえ「ばい」は連母音融合によって「び」になりやすいとはいえ、「サ行イ音便」にも気づかず、イ音便・促音便の日本語文法の差にも気づかず、極めつけがラ行五段動詞がサ行五段動詞が化けたと思い込んでしまった、これらは三重の間違いと言われても仕方ないと思う。私なりに何十年も考え続けてきたが、「げばす」の語源は「かけはずす」に違いない。列記とした中世の畿内の言葉だ。日葡辞書に Caqefazzusu の記載があるのが動かぬ証拠です。
君:例えば、「開ける」が「あけす」になる事は絶対にないし、「はかる」が「はかす」になる事もあり得ないわね。
ほほほ