大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言東西対立
立山連峰
私:以下の図だが、大辞林から引用。とても素敵な図なので当サイトは繰り返し引用させていただいてる。
http://daijirin.dual-d.net/extra/img_zuhan/hougen_kyoukaisen.gif
君:立山連峰って長野・富山県境なので岐阜県(飛騨)が出る幕はないわよ。
私:その通り。東条操が方言区画論を提唱して、全国の方言は方言区画というもので厳密に区別されるものである事が判明したのが戦前、上記の図は長野・富山こそが日本一の方言境界である事を示している。
君:つまりは飛騨地方は東西方言境界の真ん中で、つまりは飛騨地方こそが東西境界の中間点である地方という事ね。
私:その通り。長野は百パーセント東の地方であり、富山は百パーセント西の地方だ。くどいようだが、長野には西の要素は一切なく、富山には東委の要素が一切ない。
君:言い換えれば飛騨方言には東の要素も西の要素もあるという事なんでしょ。
私:早い話がそういう事。東京と大阪を足して二で割ったのが飛騨方言というわけだ。
君:北アルプスも白山連峰も険しい自然地形だけれど、立山連峰は別格という事かしら。
私:その通り。富山の玄関口が立山、長野の玄関口が大町だが、戦前まで一切、人的な交流はなかった。というか人が移動するには不可能な自然地形だった。驚くなかれ、人が行き来しないから地図すら無かったような立山連峰だったんだ。
君:言葉は人によって運ばれていく。人の移動を拒む自然地形であれば方言境界が出来るのは当然ね。北アルプスは自由に人が行き来していたという事ね。
私:その通り。飛騨・信州の人の行き来は自由だった。平湯峠・野麦峠・長峰峠、これらには近世まで旅籠があり、人の往来のインフラが整備されていた。
君:白山連峰は?
私:飛騨の白川郷から富山県砺波平野へ、これは人の行き来があった。郡上と福井県大野の往来は油坂峠、九頭竜川の自然地形は相当なものだが、やはり人の往来はあった。
君:立山連峰といえば黒部川・黒四ダムね。
私:その通り。今では立山黒部アルペンルートといって、観光ルートとして結ばれるようになった。ただしこれすら難行苦行のルートです。乗合バス三回、トンネルを走る電動バス二回、ケーブルカー二回、ロープウェー一回。これらを時刻表とにらめっこしながら乗り継ぎ、長野(大町)・富山(立山)両県の間を移動する事が出来る、というくらいで、二日は見ておいたほうがいいね。
君:ほほほ、飛騨と長野、飛騨と福井・石川の移動は?
私:道が整備されていてマイカーでの移動が可能。半日といったところでしょう。オートバイで数時間と言い換えてもいい。
君:若しかして長野(大町)・富山(立山)両県の移動は地元が運営する公共交通機関以外の交通手段はないのね。
私:まさにその通り。
君:つまりはマイカーで黒部・立山への旅行となると、大町に駐車して二日がかりで公共交通機関で立山間を往復し大町に戻る、あるいは立山に駐車して二日がかりで公共交通機関で往復して立山に戻る。この二択しかなさそうね。
ほほほ