大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語源

しょうしな

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私:飛騨方言で「しょうしな」といえば、なんとまあ気の毒な事、というような意味で使われる事が多いと思う。同じような意味で全国の方言になっている。
君:まずは語源の解説の前にアクセントの解説よね。
私:勿論だよ。「しょうし」が頭高三拍名詞で、「な」は格助詞あるいは断定の助動詞「なり」の活用といってもいいだろう。つまり「しょうしな」は一拍目「し」にアクセントの核がある。「な」にアクセントは無い。つまりは「しょうしなこっちゃさ」といえば「しようしなる事です」という意味。別の飛騨方言のフレーズなら「しょうしやさ」でもいいだろう。従って、「しょうし」と「しょうしな」に意味の差が生まれる事はない。
君:そんなの当たり前よ。
私:「しょうし」に述べた通りだが、角川古語大辞典や日国のような圧倒的な情報量を誇る辞典には「しょうし」でも数十の同音異義語が記載されているので、これをご覧になる国民の皆様は、もう何が何だかわからない、というところじゃないかな。更には一つの言葉「笑止(=勝事)」が時代の変遷で多義語化しているから猶更だ。
君:そこのところを簡単に一言で説明してね。
私:うん。すべては漢語「しょうし・せうじ勝事」から始まった。人の目を引くような情景や出来事の事。良い意味で使われるのではなく、ジャイアンが弱い者いじめで無抵抗者をフルボッコにしているさまを示す事から、可哀そうだ・見ていられない、という意味からスタートしたと思ってもあながち間違いではない。従って、勝事也・しょうじな事、は可哀そうな事、という意味。決して笑えない光景だ。と言うのは嘘で、中世語といってもいいが、実はスタートからして良い事・悪い事、あれこれの意味を持つ多義語だった。これが後世に笑止の当て字が始まる頃から「しょうし・しょうじ」の音韻の混乱に拍車がかかる。笑止千万(しょうしせんばん)」とは、非常に馬鹿げていること、くだらないこと、笑わずにはいられないほど滑稽な様子を表す四字熟語。相手の言動を呆れたり、否定的に評価したりする際に使われ、また、この音韻のエピ言語化現象は留まる事を知らず、「笑いごとではない」というニュアンスの言葉、遂に意味が先祖返りするに及んで遂には意味が逆転どころか大混乱の現代語というわけだ。まあね、こういった意味の大混乱の謎解きなんてのが方言学の醍醐味なんだけどね。
君:ひねくれものね。笑止だわ。 ほほほ

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