飛騨方言で、体が疲れる、まいっている、というような意味の言葉ですが、
飛騨地方だけではなく、福井、七尾、富山、松本などからのネット情報があります。
もっとも同じ岐阜県でも美濃地方では、てきない、は使用されないようですが。
広域で話される方言ですので、やはり、古語に由来します。
三省堂明解古語辞典によりますと、苦しい、せつない(近松)、の記載があります。
広辞苑によりますと、より詳しく、(中間(ちゅうげん)・小者(こもの)などのことば)苦しい、せつない、つらい、と記載されています。
中間(ちゅうげん)・小者(こもの)とは、簡単にいいますと武家屋敷などに住み込みなどで働く雑役夫のことです。
また広辞苑の説明では、中間・小者以外にもこれらに準ずる階級、でっちさん達、でも使用されていたのでしょう。
ここまでは、ありきたりの説明になりますが、そもそも、古語・てきない、の更に元となる言葉は何でしょう。
江戸時代に生まれた言葉であれば、元となる言葉もやはり、現代語に近い言葉、という推察が成り立ちます。
あるいは、出来ない、手が無い、という言葉が思い浮かびます。
ご主人から、あれこれ沢山の事を一度に言いつけられても到底、"できない"訳で、まして猫の手も借りたいが、"手がない"訳です。
汗水たらして、"出来ない"、"手が無い"といいつつ小間使いをする様はまさに飛騨方言・てきない、の状況そのものです。
尚、この説は実は佐七のかってな推量のため、完全に外れている可能性もあるので、これを思うと佐七も実は、(精神的に)てきない。
やはり完全に外れていました。別稿に詳述していますが、語源は、大儀なり、です。
2006.7.6 追加寄稿
飛騨方言・てきない、の語源発見物語
飛騨方言・てきない、の語源発見物語(続)
なお残る飛騨方言・てきない、の成立の謎
飛騨方言・てきない、の文学史的考察
飛騨方言・てきないの表記論
2005.3.9 追加寄稿 ずつない名古屋、てきない富山、ずつなくもてきない飛騨
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