大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム
かなえる
私:飛騨方言動詞の他ハ下一「かなえる」だが、実は意味としては他ガ下一「からげる」。用例としては「縄で柱をかなえる(=柱を結ぶ)」。
君:ほほほ、それはかなわないわね。本来の意味・用法「願いをかなえる」は飛騨にはないのかしら。
私:そんな事はない。「念願かなって」「十把ひとからげ」は共に飛騨方言のフレーズだ。
君:つまりは飛騨では「かなえる」は多義語動詞なのね。
私:要はそういう事。
君:これって単に音韻変化の問題じゃないかしら。
私:その通り。というか、古語の問題でもある。キーワードは名詞「かな」。
君:あまり聞き慣れないわね。
私:「かな縢」は国訓にて糸の事。糸すじ、絹糸、木綿糸など時代や地方によって最も普通に用いられた糸を言う。或いは「かな」は機織り(はたおり)の語で。四筋の経(たていと)を一つにしたもの。糸の事を「かな」の別名で呼ぶのは、地域は割愛するが広域の全国共通方言。数詞で「ひとかな、ふたかな」と呼ぶ地方もある。「糸でからげる」という意味から「かなえる(=結ぶ)」という意味に転じ、合掌造りの大柱を縄でくくる事も「かなえる」という事になったのじゃないかな。「かな縢」は七十一番歌合(しちじゅういちばんうたあわせ、1500年(明応9年))に記載がある。国訓「かな縢」は漢音でトウ、縄、袋、脚絆などの意味。日本の機織りの歴史は縄文晩期だと思うが、「かな」は中世語という事になろうかと思う。
君:つまりは、まずは中央の中世語・近世語として、名詞「かな」があり、飛騨方言では続いては他ハ下一「かなふ」が他ガ下一「からぐ」の意味で用いられていたのかしら。
私:まあそんなところでしょう。というか、結ぶという意味であるにせよ、「かな縢」ではなく「縄を用いて」になってしまったのだが、多義語化が進んだと考えられる。案外、近世語・近代語あたりかもしれないね。飛騨方言では更には「かなげる」とも言う。こうなってくると「かなえる(からげるの進化形)」+「からげる」の造語という事になり、語源学・方言学でいうところの混交だ。
君:からげる>かなえる>かなげる(究極の混交型進化形)といいたいのね。いえいえ、からげる>かなげる>かなえる、かもしれないわよ。
ほほほ