大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 地名
えび坂
私:「えびざか」は岐阜県道462号岩井高山停車場線の一部。市内の上一之町から急阪が始まり、具体的には三町から空町にかかった地形的には城山の一部、近くには観光スポットが多く、通行する人も多い。「えびざか」と言えば「おかめ石」が有名。蛇足ながら、私の故郷・高山市久々野町大西村は旧高山市からひと山、といっても本州を日本海側と太平洋側に分ける分水嶺の山、またいで太平洋側にある。村から高山駅に自動車で向かうには必然的に最短ルートとして「えび坂」を通過するのが合理的。
君:高山市民ならば知らぬ人とてない「えび坂」。その語源は海老+坂、つまりはかつては曲がりくねった坂だったという事かしら。
私:まあ、そう言えなくもないね。 https://www.hidatakayama-audioguide.jp/city-center/ebizaka/ 飛騨・高山観光コンベンション協会 〒506-0011 岐阜県高山市本町1-2 2021 Hida Takayama Tourism & Convention Bureau All rights reserved. の音声ガイダンスには、そのような説明がなされている。
君:・・サイトを見たわ。・・本事業は、観光庁「あたらしいツーリズム」の一環で実施しています。・・となっているわよ。
私:実はそれが問題。説明は実は間違いではなかろうか。https://adeac.jp/takayama-lib/texthtml/d100010/mp000002-100010/ht001170 高山市図書館情報によれば・・ 高山町絵図の年代を推定する上での目安にえび坂の改修がある。これは文化15年2月から文政元年6月までの4カ月間で、途中で曲がっていた坂を直線に変更する工事が行なわれた。この工事については「衣斐坂御普請出来形仕上り帳」によると、坂の上方長さ28間、平均巾4間、同深さ2間を掘り下げ、曲りの所は長さ5間、平均巾6間、同深さ5尺を掘り下げている。また坂の北側27間と南側に13間2尺、高さ平均27尺の石垣を積み上げている。えび坂改修の翌文政2年6月には中橋下手に始めて筏橋が架けられた。金森時代の桝形橋の記載はない。・・との事。つまりは江戸時代の表記は衣斐坂。
君:なるほど、海老+坂、を語源とするのは間違いのようね。
私:要はそういう事。衣斐は固有名詞、具体的には衣斐左衛門。いびざえもんざか、これは長いので、いびざか、になり、やがて後世には音韻が「えびざか」に化けた。化けた瞬間に曲がった坂だから海老+坂という民衆語源が生まれたという事のようだね。ちなみに上り詰めたところに高山市営駐車場があるが、えび坂、の表記になっている。今、あれこれネット検索したが、海老坂の漢字表記はないようなのでホッとしている。
君:おかめいし、の語源については名は体を表すという事で議論の余地なしね。そして「いびさか」については古文書・衣斐坂の漢字表記が動かぬ証拠というわけね。動かぬ証拠をあからさまに無視したような語源説はいただけないわね。
ほほほ